TV、スマートフォン、無線LANやBluetoothなどが普及し、現在では膨大な数の無線信号が空中を飛び回っています。無線信号を送信する際に使用する電波の周波数をキャリア(搬送波)周波数と呼び、それぞれの通信システムには、使用可能なキャリア周波数帯が割り振られています。しかし、各々の信号は混信してはならず、また、電波として利用できる周波数は限られています。そのため、電波を可能な限り、効果的・効率的に利用する必要があります。近年では、機械学習やディープラーニングを無線通信システムに応用することなども検討されていますが、OFDM技術は、それ以前から広く活用されています。
電波を有効活用する技術のひとつに多重化があります。時間や周波数を多重することにより、同一の伝送路を使用して、同一時間に通信が行える容量を増やすことが可能です。時間で多重される場合にはTDM(時分割多重、Time division multiplexing)と呼ばれ、周波数で多重する場合には、FDM(周波数分割多重, Frequency Division Multiplexing)と呼ばれます。周波数分割多重の場合には、お互いに干渉しない複数のキャリア(マルチキャリア)に分けて、データを分散して送信します(マルチキャリア伝送)。
そして、OFDM (直交周波数分割多重方式, Orthogonal Frequency-Division Multiplexing)とは、先に述べたマルチキャリア伝送の一つです。各キャリア(サブキャリア)が直交することにより、シンボル間の干渉を抑え、サブキャリアの間隔を小さくし、高速かつ高品質で通信できる技術を指します。OFDMは、マルチパス環境(=電波がまっすぐに届くだけでなく、山やビルなどに反射して複数のルート(パス)を通って伝播すること)に強いことが特徴です。
このトピックをさらに詳しく
OFDMは5G・WIFI・LTEでも採用される、高速・高品質な通信技術
そのため、ディジタル放送だけでなく無線通信分野でも使われるようになり、WiFi、LTE、5G(ローカル5Gを含む)など、多くの一般的な無線通信規格だけでなく、レーダーシステムでも採用されています。MIMOと呼ばれる技術と組み合わせることで、周波数帯域を増やすことなく通信速度を向上させられることが知られています。5G(第5世代移動通信)でも、OFDMをベースとした効率的な変調方式が提案されています。
以下の図は、シングルキャリア変調とマルチキャリア変調の波形をそれぞれ周波数軸と時間軸で表しています。マルチキャリアで複数のデータを同時に伝送できるため、1シンボルあたりの時間をキャリア数分長くできるため、ノイズの影響を受けにいと言えます。
OFDMのメリット
OFDMは、多くの無線通信規格で広く採用されている方式です。OFDMには次のようなメリットがあります。
- 広帯域チャネルで見られる周波数選択性フェージング(受信信号への悪影響)やマルチパスの歪みを克服できる。
- キャリア同士の間隔を狭めることができ、帯域を有効活用できる
- シングルキャリアと比較してビットレートを低くできる
- サブキャリア毎に変調方式を設定できる
- MIMOやMassive MIMOシステムと連携しやすい:マルチパスの影響を受けることなく他のアンテナから送信された信号を分離できるため
- サブキャリアが重なることで矩形波に近い波形となるため、高い周波数効率であること
OFDMの原理
OFDMは、QPSKや16QAMなどで1次変調した周波数波形の情報信号を、IFFTすることで、時間軸波形に変換し、アンテナから送信できる波形に変換します。前述の1次変調に対して、2次変調とも呼ばれます。逆離散フーリエ変換式は以下のとおりです。
f(x)=1N∑t=0N−1F(t)ei2πxtNf(x)=1N∑t=0N−1F(t)ei2πxtN
OFDMはそれぞれのサブキャリアの振幅が最大になる時、それ以外のサブキャリアの振幅が0になるように1/シンボル時間の間隔でキャリアを配置するため、シンボル間の干渉を防ぐ事ができます。(下図)
また、マルチキャリア伝送のOFDMがマルチパスに強い理由は、シングルキャリア伝送と比較して、マルチパスの影響が特定のサブキャリアに集中するためです。シングルキャリア伝送の場合は、全体に影響が出てしまいます。
より性質を発揮するため、直接波と反射波の到達時間差が大きくなるサービス範囲が広い規格では、サービス範囲の狭い規格と比較して、サブキャリアの本数が多くなっています。
5Gシステム向け技術として検討されているOFDMをベースとした技術
5Gに向けて、OFDMをベースとした様々な技術が検討されています。ここでは、その一部を特徴を交えながらご紹介します。
- CP-OFDM (サイクリックプレフィックスOFDM)
OFDMシンボルの先頭にサイクリックプレフィクス (CP) と呼ばれる上長信号を付加します。OFDMシンボルの後端からの一定時間分のデータをサイクリックプレフィクスとしてOFDMシンボルの先頭挿入することで、シンボル間干渉 (ISI), キャリア間干渉 (ICI) を抑制する技術です。LTEでも使用されています。
- W-OFDM (Windowed OFDM, Weighted Overlap and Add based(WOLA) OFDM)
IFFT後のOFDMシンボルの先頭にサイクリックプレフィクス(CP)を、OFDMシンボルの末尾にサイクリックサフィックス(CS)を付加し、OFDMシンボルの最初と最後の振幅が-3dBになるようにウィンドウ処理を行う技術です。
- F-OFDM (Filtered OFDM)
フィルタ処理されたOFDM。OFDMシンボルの複素領域の直交性を維持しつつ、サブバンド信号の帯域外放射を改善するために設計されたフィルタを、時間領域OFDMシンボルに適用する技術です。
- UTW-OFDM
ユニバーサル時間軸窓直交周波数分割多重方式と呼ばれています。LTEに対する簡単な信号処理を追加することで、帯域外への漏洩電力を大幅に抑圧できる技術です。京都大学が、2016年に世界で初めてUTW-OFDMの実証実験に成功しています。
- FBMC (Filter Bank Multi-Carrier)
サイドローブを低減するために、サブキャリアごとにフィルタリングを行う技術です。
- UFMC、UF-OFDM (Universal Filter Multi-Carrier)
サブバンドごとにフィルタリングをおこない、サイドローブを低減する技術です。FBMCと比較して、フィルタ長が削減できます。
- GFDM (Generalized Frequency Division Multiplexing)
FBMC同様にサブキャリアごとにフィルタリングを行う変調方式ですが、フィルタリングすることで、直交性が失われます。
OFDMの特徴
- OFDMの利点
OFDMを構成するサブキャリアに複数のユーザーを割り当てる事(OFDMA:直交周波数分割多元接続)ができます。直交(1/シンボル時間の間隔で配置)させることで、周波数を効率よく利用できます。マルチパスによる伝送歪に強く、複雑なイコライザを用いずに、エラー訂正などで復調が可能になります。
- OFDMの欠点
信号の振幅が大きく変化するため、ピーク対平均電力比が高くなり、アンプが許容する平均送信電力より小さく設計したり、ダイナミックレンジの広いアンプを使用する必要があります。特に、キャリア間隔が狭い場合に、OFDMの効果はドップラシフトに対して弱くなるので、ダイナミックレンジの広いアンプを用いることが望ましいといえます。
MATLABとSimulinkを活用したOFDM
MATLAB と Simulinkに関連する無線通信プロダクト( Communications Toolbox™, WLAN Toolbox™, LTE Toolbox™, および 5G Toolbox™ など)には、OFDM信号を設計およびテストするための機能が含まれています。MATLABとSimulinkを使用して以下を行うことができます。
- OFDM波形の設計、テスト、およびリンクレベルのシミュレーションの実行
- トレーニング信号、ゼロパディング、サイクリックプレフィックスなどのOFDMパラメータを関数の入力引数、ブロックのブロックパラメータでカスタマイズ
- OFDMを無線システム設計に適用して、リンク性能、ロバスト性、チャネル推定、等化などのメトリクス解析
- パフォーマンスを最大化するためのデジタル、アナログ、またはハイブリッドビームフォーミングアルゴリズムの設計と最適化
- 異なる業界標準に合わせてカスタマイズされたOFDM波形を生成する特定の関数
- Wireless Waveform Generatorアプリを使用して、シミュレーションやOn-The-Airテストで使用するための標準準拠のOFDM波形の生成
- Wireless HDL Toolbox™を使用して、HDLコード生成とハードウェア実装に最適化されたOFDM無線システムの設計
MATLAB®は、効果的にOFDMを使用したアルゴリズムの解析やリンクシミュレーションが行えるオプションや機能を提供しています。
トレーニング信号、パイロット信号、0パディング、サイクリックプレフィクス(CP)、FFTのポイントなどパラメータを設定するだけで、OFDM変調ができる関数やブロックがあらかじめ用意されているほか、基本的な関数やブロックを用いて、OFDM変調を行うことも可能です。
規格に準拠した信号生成、解析が行えるLTE Toolbox™やWLAN Toolbox™からも、それぞれの規格でサポートしているOFDM信号を生成、解析が可能です。
さらに、5G Toolbox™を使用することで、前述のW-OFDM、F-OFDMなど、5Gで用いられる技術の候補となる信号生成、解析が行えるため、すぐに独自の技術検討を始められます。また、Instrument Control Toolbox™が提供する機能で、MATLABで作成した信号を計測器を利用して送信し、受信した信号をMATLABで解析したり、Embedded Coder®やHDL Coder™を利用することで、CコードやHDLコードを手書きすることなくソフトウェア無線機を構築することも可能です。
リソース
ドキュメンテーション、例、ビデオ等を通じて、さらに知識を深めましょう。
さらに学ぶ
- LTEチュートリアル: LTEリソースグリッドを学ぶ (12:39) - ビデオ
- OFDM Modulator in MATLAB - 機能
- OFDM Modulator Baseband - Block
- Harman Becker社 OFDM無線受信機を設計、検証 - ユーザー事例