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モデルベースデザインにより IC 開発効率を向上

著者 Kyoji Marumoto and Hiroshi Nishide, ROHM Co. Ltd.


競争圧力の激化に対応するため、集積回路 (IC) メーカーは、設計の複雑化や品質と性能に対する顧客の期待値の高まりに対応しつつも、納期の短縮を行っています。多くのメーカーは、ドキュメントベースで仕様の検証を行い、最終製品版の前に複数のプロトタイプを作成する従来の設計手法では、現在の IC 業界のペースについていけないことを認識し始めています。

ロームでは、モーター制御アプリケーション、センサー アプリケーション、電源システムなどの IC 開発プロセスにモデルベースデザイン (MBD、モデルベース開発) を組み入れています。Simulink® でミックスドシグナル IC の設計、プラント、微小電気機械システム (MEMS) のモデル化とシミュレーションを行うことで、製品チームはハイレベルでの設計仕様の検証を回路レベルの設計に進む前に行えるようになりました。この手法では、手戻り、開発時間、プロトタイプ数を削減しながら、全体的な設計品質を向上できます。たとえば、Simulink で作成し検証したモデルから Verilog® コードを自動生成することで、1 か月かかっていた検証時間を数日に短縮できます。これにより、実装のバグがゼロになるため、開発効率だけでなく、品質も向上します。モデルベースデザインを使用することで、事前に製品のモデルレベルの仕様の検証が完了し、回路レベルの機能および特性が設計仕様を満たすことも確認できるため、通常 3、4 回必要なプロトタイピングが 1 回で完了し、プロトタイプから量産に直接移行できます。

本記事では、モーターとセンサーの分野について説明します。

モーター制御 IC のモデルベースデザイン

モーター制御アプリケーションの IC を開発する場合、当社では制御するモーターのモデル化による設計プロセスから開発を始めます。Simulink で運動方程式と電圧方程式を使用してモーターの機械特性と電気特性をモデル化した後、MATLAB® を使用して、実際のモーターでの測定値に基づきこのモデルのパラメーターを当てはめます。また、当社のチームが設計したモーターモデルに応じて、誘導型近接センサー制御による磁気飽和の影響や、シャフトの位置ずれによるワウフラッターの影響も組み入れることができます。当社ではプラントモデルの一部として、Simscape™ で作成するモーターのドライバー トランジスタ (図 1) を含めます。このドライバーモデルにより、過渡特性 (モーター巻線内の寄生容量により発生するパルス幅変調の開始時の電流振動など) を解析できます。

図 1. Simulink でのモーター制御およびプラントモデル

図 1. Simulink でのモーター制御およびプラントモデル

モーター コントローラーも Simulink でモデル化し、その上でコントローラーとプラントを合わせてシステムレベル シミュレーションを実行し、設計の速度、位置、立ち上がりの制御関数を確認します。このような方法でコントローラーの設計を検証した後、Fixed-Point Designer™ を使用して制御アルゴリズムを固定小数点に変換します。次に、HDL Coder™ を使用してモデルから論理合成可能な Verilog RTL を生成します。これにより、実装を高速化し、以前の手作業によるコーディングにおいて発生していたコーディングエラーのリスクを削減できます。

DPI-C モデル生成による MEMS デバイスの開発

MEMS センサーおよび関連するセンサー IC が含まれるプロジェクトでは、モーター制御 IC に使用する開発プロセスと類似したプロセスを使用します。テストを実施してモーターの特性評価を行うのではなく、3D 電磁気解析ツールと構造解析ツールを使用して MEMS デバイスの特性評価を行い、そのうえでこのプロセスを通じて特定したパラメーターをデバイスの Simulink モデルに当てはめます。あるいは、MATLAB で伝達関数同定と重回帰近似を実行したうえで、その伝達関数をデバイスのモデルとして使用します。

また、センサー IC の Simulink モデルを作成します。これはモーター コントローラー モデルのように設計の実行可能な仕様として機能します。この仕様は、Cadence® Virtuoso® プラットフォームで設計の調整を行う前の早い段階で Simulink でのシステムレベルのシミュレーションにより検証します。

当社の MEMS 設計ワークフローでは、モーターのワークフローには含まれていない追加の検証手順を実行できます。具体的には、HDL Verifier™ を Embedded Coder® とともに使用して、Simulink MEMS デバイスモデルから SystemVerilog DPI-C モデルを生成します (図 2)。次に、この SystemVerilog モデルを Cadence 環境で使用し、サインオフ検証の前に継続的な改良を行う中で、アンプ、アナログ デジタル コンバーター、デジタル処理ロジックなどの IC 設計の完全な妥当性確認を行います。この手法では、Simulink と Cadence Virtuoso で一貫した設計検証が行われるため、開発効率が向上するだけでなく、設計の品質も保証することができます。

図 2. DPI-C モデル生成のワークフロー図

図 2. DPI-C モデル生成のワークフロー図

FPGA インザループの顧客評価

お客様の多くは、開発中のローム製品を評価できることが、自分たちの開発プロセスにおいて大きな利点であると感じています。そのようなお客様に対しては、HDL Coder を使用して Simulink IC モデルから HDL コードを生成し、それを FPGA 評価ボードに展開しています。お客様はこのボードをハードウェア設計の評価で使用できます。あるいは、HDL Verifier を使用して、お客様のシステムレベルの Simulink モデルで FPGA インザループ シミュレーションを実行し、過渡解析や設計最適化を行うことができます。どちらの手法でも、ソースの設計アセットではなく FPGA 実装を共有しているだけなので、当社の機密性の高い IP は保護されます。

ロームにおけるモデルベースデザイン グループの立ち上げ

ローム社内の複数の製品チームでのモデルベースデザイン導入を支援するため、設計経験の豊富なエンジニアで構成されたモデルベースデザイン グループを設立しました。このグループでは、トップダウンの IC 設計ワークフローの一部として、Simulink でのモデル化、シミュレーション、コード生成をチームで簡単に適用できるようにするアセットを開発しています。アセットには、モデルテンプレート、ドキュメンテーション、ツール (たとえばパラメーター抽出用のツールなど) のほか、モーターモデル、MEMS モデル、SystemVerilog DPI-C 生成のテクニカルガイドなどが含まれます。

モデルベースデザイン グループは、モデル化の手法を共有したり、内部説明会やトレーニング セッションを実施したりすることで、早期に知識を習得できるよう支援しています。当初、このグループはロームの日本国内のチームを支援することを目的としていましたが、現在では海外のデザインセンター向けに、モデルベースデザインのプロジェクトに特化したチームを構築する支援も行っています。

ロームの多くのチームはすぐにモデルベースデザインを導入しましたが、一部のチームは専門とする分野にモデルベースデザイン環境が確立されていないため、導入に前向きではありませんでした。モデルベースデザイン グループは、このような積極的ではないチームに対して、時間を割いてこの手法のメリットと既に使用しているチームが実感している利点を説明しています。最近、Simulink を使用したセンサー IC とモーター IC 開発のワーキンググループを設置しました。ローム社内のエンジニアはこれらのグループに参加し、技術情報を共有するほか、Simscape で MOSFET ドライバーをモデル化する方法や精度の高い MEMS モデルを作成する方法、既存回路の周波数応答を同定する方法など、多くのチームに関係するトピックについて知識を深めています。

ロームにおけるモデルベースデザイン利用の拡大

当社の部門内では、モデルベースデザインを利用するチームが着実に増えています。さらに、シリコンカーバイド (SiC) や絶縁ゲート バイポーラ トランジスタ (IGBT) 製品の開発や製造を担当する部門をはじめ、社内の複数の事業部門でもモデルベースデザインが適用され始めています。また最近、自動車業界のお客様からのモデルベースデザインの需要も増えています。ロームは現在、この需要に十分対応できる状況を維持しています。

著者について

丸本共治氏および西出弘氏は、ローム株式会社にてモデルベースデザイン グループのリーダーを務めています。社内におけるモデルベースデザインの使用の推進に尽力し、モーター、センサー、およびパワー IC 設計の HDL コード生成および最適化の改善に貢献しています。

公開年 2022