シグナル インテグリティとは
シグナル インテグリティとは、高速デジタル信号の品質を維持するためのプロセスです。シグナル インテグリティとは、電気信号が送信元から送信先に伝送される過程における信号品質の重要な指標です。高速デジタルおよびアナログ エレクトロニクスでは、信号の意図した波形、タイミング、電力が確実に保持されるようにすることで、信頼性が高く正確なデータ伝送を確保します。
反射、ノイズ、電磁干渉 (EMI)、その他の問題は、信号品質を大きく低下させる可能性があります。シグナル インテグリティが損なわれると、断続的な故障、データエラー、システム障害などの連鎖的な問題を引き起こし、最終的には高コストな再設計や金銭的損失につながりかねません。複雑なプリント回路板 (PCB) 設計から先進的な通信システムに至るまで、堅牢なシグナル インテグリティは、信頼できる性能の基盤となります。
システム設計におけるシグナル インテグリティの役割
高速設計におけるシグナル インテグリティのためのプリレイアウト解析
優れたシグナル インテグリティを達成するための重要な手順の 1 つは、プリレイアウト解析の実行です。このタイプの解析は通常、設計フェーズで行われ、潜在的な問題を特定し、シグナル インテグリティに向けて設計を最適化するための判断に必要な情報を提供します。
Signal Integrity Toolbox の Serial Link Designer アプリを使用して構築された OIF CEI 25G-LR のプリレイアウト回路図。(ドキュメンテーションを参照。)
プリレイアウト解析を行うことで、設計サイクルの早い段階で潜在的なシグナル インテグリティの問題を特定して解決し、後に生じる設計改訂や設計変更によるコスト面の問題を軽減します。この解析は、シグナル インテグリティ向けに設計を最適化することにも役立ち、業界標準に準拠した、より堅牢で信頼性の高い設計の実現につながります。
実世界の用途
以下のような、高速で信頼性の高い通信が不可欠な産業分野や用途では、プリレイアウト段階の PCB シグナル インテグリティ解析が特に重要となります。
- データセンター: 高スループットのサーバーが、バックプレーンや相互接続でクリーンな信号伝送に依存
- 車載エレクトロニクス: 高度運転支援システム (ADAS) やインフォテインメントが、堅牢な高速通信を要求
- 高速メモリ インターフェイス (DDR、LPDDR、GDDR など): タイミングマージンが厳しく、わずかな歪みでもデータ破損を引き起こすおそれあり
設計初期段階にシグナル インテグリティ シミュレーションを組み込むことで、当初からシステムが性能目標および規制基準を満たすことを確実にできます。
プリレイアウト解析の詳細を見る
PCB のシグナル インテグリティを確保するためのポストレイアウト検証
ポストレイアウト検証では、実際の PCB レイアウトやルーティングなど、設計の物理的な実装のレビューを行い、想定されるシグナル インテグリティのパフォーマンスを満たしていることを確認します。このプロセスでは、Signal Integrity Toolbox™ などのシグナル インテグリティのシミュレーション ツールおよび解析ツールを使用して、最終設計の電気的挙動をシミュレーションし、潜在的な問題を特定します。
Signal Integrity Toolbox の Signal Integrity Viewer アプリに表示されたプリント基板。(ドキュメンテーションを参照。)
ポストレイアウト検証では、タイミング、電圧レベルに加え、ジッター、アイの高さ/幅、ビットエラーレート (BER) などのシグナル インテグリティ メトリクスを計算するシミュレーションを行い、設計のパフォーマンスを検証し、業界標準に適合していることを確認します。
シグナル インテグリティの問題が特定された場合、レイアウト、ルーティング、または構成要素の選択を変更し、設計が想定したパフォーマンスを満たすまでシミュレーションを実行できます。場合によっては、ポストレイアウト検証を行うことでプリレイアウト解析では特定できなかった問題が明らかになることもあり、設計要件を満たすために必要な変更を行う必要があります。
実世界の用途
以下のような、性能面と規格準拠について妥協の余地がない産業分野では、ポストレイアウト検証が極めて重要です。
- 電気通信インフラ: 高速シリアルリンクにおいて厳格なシグナル インテグリティ規格を満たす必要がある
- コンシューマー エレクトロニクス: コンパクトな PCB レイアウトにより、干渉や信号劣化のリスクが高まる
- 航空宇宙、防衛システム: 過酷な条件下での信頼性が不可欠
検証プロセスにポストレイアウトのシグナル インテグリティ シミュレーションを組み込むことで、高速デジタル設計が堅牢で規格に準拠し、実稼働環境に対応できることを確認できます。
ポストレイアウト検証に関する詳細を見る
高速シグナル インテグリティのためのイコライゼーションおよびチャネルモデリング
IBIS-AMI (I/O Buffer Information Specification–Algorithmic Modeling Interface) は、高速チャネルのプリレイアウト解析とポストレイアウト検証の両方に使用されるモデリング標準です。IBIS-AMI は、信号経路内の個々の構成要素の電気的特性を組み合わせて完全なチャネルモデルを形成し、複雑な高速デジタルシステムをより高い精度と効率でシミュレーションできるようにするものです。
Signal Integrity Toolbox (上段)、SerDes Designer アプリ (中)、Simulink (下段) で示される SerDes の IBIS-AMI モデル。(ドキュメンテーションを参照。)
プリレイアウト解析とポストレイアウト解析の両方で IBIS-AMI モデルを使用することで、設計時間を最適化し、設計エラーのリスクを軽減し、高速デジタルシステムの全体的なシグナル インテグリティのパフォーマンス向上に役立ちます。ただし、正確で信頼性の高い IBIS-AMI モデルの作成は複雑で時間のかかるプロセスであり、技術的な専門知識が必要になります。SerDes Toolbox™ の組み込みサポートを利用して、統計および時間領域シミュレーション、IBIS-AMI パラメーター管理、IBIS-AMI 準拠モデルの自動生成を行うことで、設計の最適化および検証に注力することができます。
実世界の用途
以下のように、複雑あるいは損失の大きい媒体で高速データを伝送する必要のあるシステムでは、イコライゼーションとチャネルモデリングが重要です。
- データセンターの相互接続: 長い PCB トレースやケーブル配線によって大きな信号損失が生じる
- 高速メモリ インターフェイス (DDR、LPDDR、GDDR など): タイミング マージンが厳しいため、精密な信号調整が求められる
- Automotive Ethernet およびインフォテインメント システム: ツイストペアケーブル上での信頼性の高い通信をイコライゼーションで確保する
シグナル インテグリティ シミュレーションをイコライゼーションおよびチャネルモデリングと統合することで、厳しい物理的制約下でも性能目標を満たすシステムを設計できます。
イコライゼーションとチャネルモデリングに関する詳細を見る
シグナル インテグリティ解析における規格準拠および検証
エレクトロニクスの産業分野では、業界標準に準拠することが、シグナル インテグリティ解析の重要な要素です。データレートの増加とプロトコルの複雑化に伴い、設計が該当する産業分野の仕様を満たしていることを検証する取り組みは、データ伝送の信頼性と製品の認証に不可欠なものになっています。
MATLAB® および Simulink® を使用すると、以下のような幅広い高速インターフェイス規格に対して自動の準拠チェックを実行できます。
- PCI Express® (PCIe)
- USB 3.x および USB4®
- Optical Internetworking Forum (OIF) および IEEE 802.3 Ethernet
- DDR/LPDDR/GDDR メモリ インターフェイス
- Automotive Ethernet および MIPI® 規格
これらのツールにより、実環境の動作条件をシミュレーションし、アイダイアグラムを生成して、ジッター、ノイズマージン、BER を評価し、設計が要求しきい値を満たしていることを確認できます。このようなレベルのシグナル インテグリティのシミュレーションを行うことで、ハードウェアテストの前に問題を特定して解決し、高コストな再設計や規格不適合のリスクを低減できます。
実世界の用途
以下のような、相互運用性および認証が必須となる産業分野では、準拠の検証が特に重要です。
- コンシューマー エレクトロニクス: 市場投入に際して、USB のコンプライアンス テストに合格する必要がある
- 車載システム: Ethernet および MIPI インターフェイスが、厳格な EMI およびタイミングの規格を満たす必要がある
- エンタープライズ向けネットワーキングおよびストレージ: 大きなデータ負荷下でも PCIe と高速メモリ インターフェイスが一貫した性能を発揮する必要がある
準拠の検証を高速デジタル設計のワークフローに組み込むことで、製品が単に機能するだけでなく、規格に準拠し、グローバル展開の準備が整っていることを確認できます。
規格準拠および検証に関する詳細を見る
シグナル インテグリティ解析の指標と可視化
高速デジタル設計では、優れたシグナル インテグリティのパフォーマンスを実現するため、伝送中の信号が完全な状態を保っている必要があります。一般的に使用される指標と可視化には、以下のようなものがあります。
- 電圧マージン: 電圧マージンでは、信号の振幅と信号のノイズマージンとの間の差を測定します。電圧マージンは、受信機で信号を復調するのに十分な高いレベルで確保する必要があります。
- タイミング解析: この指標には、信号の立ち上がり/立ち下がり時間、伝播遅延、ジッターの計算などがあります。タイミング解析を使用して設計のタイミングバジェットを評価し、必要なタイミングウィンドウ内で信号が遷移することを確認します。
- ジッター: ジッターとは、信号の時間的な揺らぎのことをいいます。ジッターは、信号の歪み、クロストーク、電源ノイズ、減衰など、さまざまな原因で発生します。ジッターヒストグラムとアイダイアグラムを使用して、高速デジタルシステムのジッターを特定し、解析できます。
- アイダイアグラム: アイダイアグラムは、信号のパフォーマンスを経時的に解析し、シグナル インテグリティの潜在的な問題を特定するために使用されます。通常、ヒストグラムの形で、時間に対する信号の振幅のグラフをプロットします。この可視化手法により、ジッター、ノイズ、タイミングの問題など、信号の動作を包括的に確認できます。
- ビットエラーレート: BER は、データストリームでエラーが発生したビットの数を計算します。BER 値が高い場合、シグナル インテグリティのパフォーマンスが低いことを示します。BER を使用し、設計のシグナル インテグリティ性能を定量化してから、設計を最適化して BER を低減できます。
- 減衰: 減衰は、距離または時間に対する信号損失の尺度です。減衰が大きいと、信号に歪みが生じたり、信号が途切れたりします。減衰測定を使用して信号のパフォーマンスを評価し、減衰を最小化するよう伝送線路や回路を設計します。
- クロストーク: クロストークは、ある信号の電界からすぐ近くの信号にノイズが混入することで発生します。クロストーク測定を使用して、チャネル間の干渉レベルを評価し、クロストーク結合係数を計算し、クロストークレベルを低減する設計方法を特定できます。
- 時間領域反射率測定法 (TDR): TDR は信号の出力と回線の終端から反射した入力信号を比較することで、伝送線路のインピーダンスを測定します。この手法は、伝送線路に沿ったインピーダンスの揺らぎやシグナル インテグリティの問題を発見するのに役立ちます。
- チャネル動作マージン (COM): COM は、信号アイと最悪の劣化要因との間の設計のマージンを定量化したものです。COM は、設計のシグナル インテグリティのパフォーマンスを評価し、改善を要する領域を特定するのに役立ちます。
Signal Integrity Toolbox の Parallel Link Designer アプリで測定されたしきい値とパラメーターを示す波形の例。(ドキュメンテーションを参照。)
Signal Integrity Toolbox で作成し、Signal Integrity Viewer アプリで表示された PAM3 アイダイアグラム。(ドキュメンテーションを参照。)
MATLAB と Simulink によるシグナル インテグリティ解析
このような課題に事前に対処するために、MATLAB と Simulink をシグナル インテグリティ解析に使用できます。システム全体をモデル化してシミュレーションすることで、物理プロトタイピングの前に、アイダイアグラムの閉塞、ジッター、過剰なビットエラーレート、その他の潜在的な問題を検出できます。この仮想テストにより、イコライゼーション手法を設計および検証し、高速リンクを最適化して、全体的な信号品質を確保することが可能になり、開発サイクルの時間とリソースを大幅に節約できます。
シグナル インテグリティ解析向けの MATLAB および Simulink 製品を使用して、以下を行うことができます。
- 高速設計におけるプリレイアウト解析: PCB レイアウトの開始前に、シミュレーションとモデル化を通じて潜在的なシグナル インテグリティの問題を早期に特定して解決します。
- ポストレイアウト検証: PCB シグナル インテグリティのポストレイアウト検証により、実環境での信号挙動を検証し、レイアウトに起因する問題を検出します。
- イコライゼーションおよびチャネルモデリング: イコライゼーション戦略を設計してシミュレーションすることで、信号歪みを緩和し、損失の大きいチャネル全体でデータの整合性を維持します。
- 規格準拠および検証: 自動のコンプライアンス テストとシミュレーションにより、設計が PCIe、USB、DDR などの業界標準を満たしていることを確認します。
Signal Integrity Toolbox、SerDes Toolbox、RF PCB Toolbox™、および Mixed-Signal Blockset™ は、アイダイアグラム、波形プロット、周波数スペクトル、アイ等高線、歪みバジェット解析などを可視化しながら、システムのプリレイアウト解析からポストレイアウト検証までの一連の機能を提供します。これらのツールには、データ通信システムや高速エレクトロニクスの問題を防止する包括的な手段が備わっています。
MATLAB および Simulink の機能に関する詳細を見る
製品使用例および使い方
ソフトウェア リファレンス
参考: Signal Integrity Toolbox, SerDes Toolbox, RF PCB Toolbox, RF Toolbox, Mixed-Signal Blockset, ミックスドシグナル システム, IBIS-AMI モデル, Sパラメータ, 畳み込み, 高速フーリエ変換 (FFT)