衛星通信

衛星通信とは:種類・規格・システムの設計・構築方法・ワークフローを解説

衛星通信とは地球上のあらゆる位置で通信・コミュニケーションが行えるよう、地上数百~36,000kmの衛星を利用した通信システムを指します。衛星通信は世界のほぼ全域をカバーしているため、地球上のどこからでも通信できることがメリットです。通信網が整備されていない海上や砂漠での通信のほか、通信手段が途絶えてしまった災害現場での非常用通信手段としても広く利用されています。

衛星通信に利用されているアンテナ

衛星通信に利用されているアンテナ

衛星通信の歴史・種類

受動型衛星通信

地上からの電波を反射させる衛星通信初期の通信手法です。

受動型衛星通信のメリットとしては、利用する電波の周波数を選択可能で構造が単純で故障しにくい点があります。一方で、地上からの電波の送信に大電力を要するデメリットがありました。また、反射されて地上に戻った電波は非常に弱く、実用には不向きだったため、能動型衛星通信への移行が進みました。

能動型衛星通信

受動型衛星通信のデメリットを克服するため、衛星に中継器を載せ、地上からの電波を増幅してから再び地上に送り返す方法が能動型衛星通信です。地上から送信された電波信号を衛星で受信して電力増幅し、高利得のアンテナにより地上に向けてダウンリンクします。はじめての能動型通信衛星は、アップリンク6GHz帯、ダウンリンク4GHz帯という周波数の組み合わせが利用され、その後広く通信衛星で用いられる周波数となりました。

能動型衛星通信の例としては、1962年にNASAが打ち上げたテルスター衛星や、リレー衛星などが有名です。このリレー1号を用いて、1963年11月23日に行われていた初の日米間テレビ伝送実験中にジョン・F・ケネディ米国大統領の暗殺事件が報道され、その映像は視聴者に強烈な印象を与えました。

静止衛星

静止衛星とは、赤道上空の高度約36,000kmの円軌道を周回する衛星です。実際には秒速3キロメートルで稼働しているのですが、なぜ静止衛星と呼ばれるかというと、常に特定の地上の上空に位置しているため、地上から見ると常に「静止」しているように見えるためです。気象観測や通信・放送などに広く使われています。

静止衛星の例としては「気象観測衛星ひまわり」、衛星放送 (BS・CS) でお馴染みの「BSAT」、「JCSAT」などが有名です。日本の上空で静止する軌道にいることを活かして、常に通信サービスを提供しています。

低軌道衛星 (LEO : Low Earth Orbit)

高度約36,000kmの衛星と比べ、高度2,000km以下と低い軌道を周回する衛星を指します。低軌道のため、静止衛星と比較すると通信距離が短くなり、遅延が少ないというメリットがあります。

低軌道衛星のデメリットとしては、利用者の上空を通過する見通し内の時間のみ通信可能であるため、通信エリアを広げるために多数の衛星を必要とするため運用コストが大きい点が挙げられます。

中継衛星

上述の低軌道衛星や、低軌道を周回する宇宙船と地上との通信は、人工衛星や宇宙船を地上局が可視できるわずかな時間のみ可能で、通信可能な時間帯と転送可能なデータ量に制約がありました。常に通信ができる環境を整備するためには、地上局を多数配置するという方法があります。しかし、これには多大なコストを要し、さらに国外への地上局の設置には相手国の協力が必要となります。

この問題を解決するのが、中継衛星です。中継衛星を活用することで、低軌道の衛星や宇宙船と地上との通信を中継することで、限られた地上局で通信可能な範囲を拡大することが可能となります。中継衛星を静止軌道上に3機を配置することで低軌道全体が可視範囲となり、ほとんどの時間で通信が可能となります。

地球を周回する通信衛星

地球を周回する通信衛星

衛星通信の規格

DVB-S2

DVB-S2 (Digital Video Broadcasting-Satellite-Second Generation) は、衛星ディジタル放送向けの規格でDVB-Sの後続規格です。フレーム構造、チャンネルコーディング、変調方式、スペクトラム効率などの仕様を定め、宇宙空間でのRF障害がある中で、高データレートの衛星通信をサポートするための物理層規格です。DVB-S2規格は、以下のような幅広いアプリケーションに対応しています。

  • 遠隔地からのニュース収集
  • HDTV放送サービス
  • インターネットアクセス
  • 携帯電話のバックホーリング
  • 政府・防衛ネットワーク

高スループットを可能にするDVB-S2の特徴は以下の通りです。

  • BCH (Bose, Chaudhuri, and Hocquenghem) 符号を連結したLDPC (low-density parity-check)符号による前方誤り訂正機能
  • チャネル状態に応じた適応型符号化・変調 (ACM)機能
  • 28通りの変調率と符号率の組み合わせ (MODCODs)
  • 線形および非線形チャネルに最適化された信号コンステレーション
  • スペクトラム効率を最大化する可変帯域のスペクトラム・シェイピング

DVB-S2/S2X

SVB-S2はディジタルビデオに利用される規格です。QPSK, 8-PSK, 16-APSK, 32-APSKをサポートし符号化にはBCH符号、LDPC符号が組み合わせて用いられており、強力なエラー訂正を実現しています。係数を指定されたロールオフフィルタ (ロールオフ係数0.35, 0.25, 0.2) でのフィルタリングも行われます。

DVB-S2Xは、DVB-S2の拡張規格です。DVB-S2の変調方式に加えて、64-APSK, 128-APSK, 256-APSKが追加され、伝送レートも改善されています。

CCSDS

CCSDS (Consultative Committee for Space Data Systems) は、宇宙データ通信システムに関する国際標準化検討機関です。

テレメトリーは、観測したデータや衛星のハウスキーピング (健全性) を伝えるために使用されます。

BPSK, QPSK, 8-PSK, OQPSK, GMSK, 16-APSK, 32-APSK, 64-APSKなど様々な変調方式に対応しているだけでなく、リード・ソロモン、畳み込み、ターボ、LDPCなど多数の符号化にも対応しています。

テレコマンドは、軌道上の宇宙機へのコマンド送信に使用されます。 PCM/PSK/PM, PCM/PCM/biphase-L、BPSK変調方式が用いられ、符号化にはBCH、LDPCが用いられています。データレートは7.8125から4000spsまでの10種類が指定されています。

衛星通信システムの設計・構築方法・ワークフロー

軌道の伝搬と可視化

非静止衛星を利用した通信システムの場合、いつ、どれくらいの期間地上局と見通しになるのかは、通信できるデータ量を見積もるうえでも大変重要な要素となります。そのため、目的の衛星がいつ、どこにいるのかを考慮し、可視化して直感的に理解することは衛星通信システムを検討するうえで不可欠です。

複数の方法で軌道シミュレーションを生成

軌道の生成には大きく2つの方法があります。一つは、軌道が記述されたファイルから読み込む方法と、数学モデルを使用して計算する方法です。

前者では、衛星通信業者全体で一般的に使用されているフォーマットがいくつかあります。TLEもその一つで、1つまたは複数の衛星の軌道を記述できます。TLEファイルは、多くの場合space-track.orgから取得します。

後者では、SGP4、SDP4モデルなどが利用されます。このモデルはNASAや北アメリカ高級宇宙防衛司令部(NORAD) が、衛星の軌道計算に使用しているアルゴリズムで、地球の形状、抗力、放射線、および太陽や月などの他の天体からの引力効果による摂動の影響を予測します。SGP (Simplified General Perturbations パータベイション、Satellite Orbit Model4) モデルは、軌道周期が225分未満の地球近傍の天体に適用されます。深宇宙摂動 (SDP) モデルは、軌道周期が225分以上の天体に適用されます。

また、精度はSGP、SDPと比較して劣りますが、ケプラー二体法は軌道力学を学び始めたばかりのエンジニアなどには非常に有効なモデルです。

伝播モデルの比較 (ケプラー二体法、SGP4, SDP4)

伝播モデルの比較 (ケプラー二体法、SGP4, SDP4)

送信機、受信機の構築:物理システムのモデリング

送信機と受信機の構築には、位置情報だけでなく、どのようなアンテナやセンサが搭載されるか/されているかも検討する必要があります。たとえ衛星と地上局、もしくは衛星間で見通しであっても、アンテナやセンサの視野角の制限により、通信ができない時間もあります。ジンバルにセンサを取り付けたり、アンテナであればビームフォーミングやMIMO (Massive MIMO) などの技術を利用して、センサやアンテナを任意の場所や通信したい地上局に向け、通信品質の向上を図ることも検討できます。常に地球中心を向いている場合よりも見通しの時間を長くすることが可能ですが、その際は、任意の場所や地上局をトラッキングし、どちらにセンサやアンテナを向けるべきか時々刻々と制御する必要があります。ディジタル信号処理部分に関しても、多値変調やOFDM 変調を利用することで限られた帯域を効率よく利用する必要があります。

ジンバルを用いた場合のカバレッジ表示

ジンバルを用いた場合のカバレッジ表示

標準軌道のビジュアル化

多くの解析やシミュレーションでは、結果を可視化することで直感的に把握でき、理解を深めるのに役立ちます。軌道も可視化することで、視野が時間と供変化する様子を確認できます。これらの視野は地上局の最小仰角と衛星の最大ステアリング角の制約を受ける場合もあります。地球局もしくは、画像データを取得したい場所から見た衛星の仰角が低いと、地面に電波を飛ばすことになったり、極端に歪んだ利用できない画像を取得してしまうことになります。

地球を周回する衛星軌道の可視化

地球を周回する衛星軌道の可視化

また、GPSエンジニアは、ある時間のある地上点から見える衛星の数を把握するためにスカイプロットを用います。地上のGPS受信機が位置・速度・時間 (PVT) 処理を行うためには、4つの衛星が見えている必要があります。

ある時間のある地上点から見える衛星の数を把握するためのスカイプロット

ある時間のある地上点から見える衛星の数を把握するためのスカイプロット

時系列に変化する衛星通信のアクセスを可視化

衛星通信では、衛星の軌道伝播により、時々刻々と条件が異なります。送受信機に搭載されるセンサやアンテナの特性を変えたり、地上局-衛星間の仰角も認識する必要があります。これらの制約を考慮したカバレッジを描くことで、アクセス可能な状態を確認します。

また、通信リンク閉鎖の最小Eb/Noを定義し、自由空間のパスロスと指定されたG/T値に基づいて、そのリンクがいつどれくらい継続して稼働するか計算することは、衛星が地上と通信できない間に収集したデータをいつダウンリンクできるかを判断するために必要です。これらの情報はリスト化するだけでなく可視化できることも重要です。

どのような経路でデータを地上に下すのが効果的か動的な解析が行えるのが理想的です。

2つの地上局を結ぶマルチホップ衛星通信リンクの可視化とアクセス可能な時間のリスト

2つの地上局を結ぶマルチホップ衛星通信リンクの可視化とアクセス可能な時間のリスト

リンクバジェット解析

距離、標高、送信有効放射電力 (EIRP)、偏波損失、自由空間路損 (FSPL)、受信等方電力、搬送波対受信ノイズ密度比 (C/N0)、ビットあたりの受信エネルギー対ノイズ電力スペクトル密度比 (Eb/N0) を考慮したリンクバジェット解析が必要です。最近の衛星通信システムでは、グローバルリンクを実現するためにクロスリンクを使用することが増えてきています。 このようなマルチホップリンクには、すべての構成リンクのリンクバジェット計算が必要です。

しかしながら、業界全体で統一されたリンクバジェットフォーマットは存在しません。同じ企業内であってもチームごとに異なるリンクバジェットフォーマットを使用しています。 そのため、作成者だけがフォーマットの仕様を理解し独自の計算式を利用しているケースも多々あり、時間の経過とともに再利用することが困難かつリスクとなります。

更に、ITUP.618伝搬損失モデルを用いて、様々な環境下で目的の99%、99.9%といった稼働率を達成する必要があります。リンクバジェットは気象や大気現象によっても変化するため、解析にこれらの要素を加味することで、大雨に見舞われた時でも電波を届けるための電力の見積もりなどが行えます。これらの解析は通常、衛星通信システム設計サイクルの最初に行われ、アンテナのサイズ、アンプの出力、変調方式、符号化方式、データレートの設計などに反映されます。

リンクバジェット解析によって求められたフリースペースパスロスとリンクマージン

リンクバジェット解析によって求められたフリースペースパスロスとリンクマージン

波形生成

衛星通信システムを検証するためには、それぞれのシステムに見合った波形を作成する必要があります。規格に準拠した波形を生成する場合には、規格を理解しプログラミング等行う必要があります。しかしながら、各規格の仕様書をよみ理解する時間や、プログラムのデバッグを行う作業も発生します。衛星通信に関連する規格の信号だけでなく、一般的に規格化されている通信システムの場合は、規格準拠の波形を簡単に生成できる機能を持つソフトウェアや計測器などあり、それらを利用する方法もあります。

生成されたGPSの規格準拠の波形

生成されたGPSの規格準拠の波形

End-to-Endリンクレベルシミュレーション

End-to-Endのリンクレベルシミュレーションを行うには、送信機モデル、チャネルモデル、受信機のモデルが必要です。生成された規格に準拠した波形は、送信機の送信信号として利用できます。静止衛星では、インパルス・レスポンス生成にETSI仕様のレイシアン・チャネル、パスロスの計算にLMS (Land Mobile Satellite) チャネルなどが利用されます。受信機は、それぞれの規格により構成が異なります。いずれも、キャリア周波数、キャリア位相、シンボルタイミングなどのオフセットを補正する必要があります。システムの性能を評価するために、様々なパラメータでシミュレーションを繰り返し、ビットエラーレートを求めます。エラーの発生回数が減るとエラーが起こるまでのデータ数が多くなるため、シミュレーションにも時間を要します。ビットエラーレートを求めるような繰り返しシミュレーションが必要な場合には、並列にシミュレーションを実行するのが効果的です。

MATLABによる衛星通信(衛星通信システムの構築法における一形態)

MathWorksが提供するSatellite Communications Toolboxでは、これまでに紹介した衛星通信システム設計のための関数やワークフローが用意されています。

TLEファイルやSGP4、SDP4、ケプラー二体モデルを利用し、衛星の軌道が解析できます。

送信機と受信機には、アンテナやカメラの搭載が可能で、独自のアンテナパターンを使用したり、視野角を設定した解析が可能です。また、ジンバルにアンテナやカメラを設置することもでき、トラッキングのアルゴリズムを自身で設計しなくても、常に目的の地上局などに向けることができます。

時々刻々と変化する衛星の軌道だけでなく、アンテナパターンやカバレッジもグラフィカルに表示が可能です。

衛星の軌道、アンテナパターン、リンクの表示

衛星の軌道、アンテナパターン、リンクの表示

リンクバジェットの解析には、Satellite Link Budget Analyzerを利用して、アップリンク、ダウンリンク、クロスリンクの解析が可能です。独自の入力パラメータを追加・削除したり、独自の出力結果を定義・計算したりすることができカスタマイズ性も備えています。

感度分析を可能にするいくつかの視覚的な出力も用意されています。 このような分析では、さまざまなパラメータを調整して、最終的な結果への影響を検討します。 このアプリでは、パワーアンプの出力パワーとリンク距離の組み合わせが、リンクマージンにどのような影響を与えるかをすばやく判断することができます。

Satellite Link Budget Analyzer app

Satellite Link Budget Analyzer app

DVB-S2/S2X, CCSDS (Telemetry, Telecommand), GPSの規格に準拠した波形生成もカバーしているため、詳細に仕様を確認しなくても、パラメータを設定することで、規格に準拠した波形を生成していただけます。

各規格むけの受信機のリファレンスモデルや衛星通信向けのチャネルモデルも実装されているため、すぐにシミュレーションに取り組める環境を提供いたします。リファレンスモデルは、独自の受信機の設計の際にカスタマイズして活用することも可能です。

衛星回線で利用される規格だけにとどまらず、ローカル5Gを含む地上通信規格との接続についてもご検討頂けます。

更には、RFの損失も考慮したシステムの設計が可能です。シミュレーションモデルを詳細化することで、より現実に近いシステムのパフォーマンスを解析して頂けます。

End-to-endシミュレーション構成概要図

End-to-endシミュレーション構成概要図

また、Satellite Communications Toolboxは、MATLABのコードで記載されており、研究者の方にも使いやすい環境です。C/C++コード生成にも対応しているので、MATLABの環境以外での展開もご検討いただけます。

MATLABからのC/C++コード生成と活用

MATLABからのC/C++コード生成と活用

参考: 無線通信, ワイヤレステクノロジーの開発, 高周波システム, ワイヤレストランシーバー, 5G Toolbox, LTE Toolbox, WLAN Toolbox, チャネルモデル