Prognostics and Health Management (PHM)

PHM は、リアルタイムおよび過去のセンサーデータを使用して情報を提供し、意思決定を最適化する機械メンテナンスの手法です。

PHM は、次の 2 つの主要な概念を組み合わせた統合型の手法です。

  • 故障予測は、システムまたはコンポーネントの残存耐用時間を推定するアルゴリズムを設計する手法を指します。この用語は、予知保全と同じ意味で使用されることがよくあります。
  • 健全性管理は、システムの健全性と信頼性を確保するために、特に予測および診断アルゴリズムからの洞察を適用する包括的なメンテナンス手法です。

PHM が重要な理由

PHM により、機器のオペレーターとメーカーは次のことが可能になります。

  • 機器のダウンタイムの削減: PHM アルゴリズムは、機器の異常を検出し、不具合や故障の原因を特定し、潜在的な問題をその発生前に予測するのに役立ちます。
  • 保守スケジュールの最適化: PHM は、必要な場合にのみメンテナンスサービスをスケジュールすることで、不必要なメンテナンスコストを回避するのに役立ちます。
  • 運用効率の向上: PHM は、機器の故障のリスクを特定して軽減し、機器の寿命を延ばし、全体的な生産性を向上させるのに役立ちます。

故障予測と診断

PHM の全容を把握するには、故障予測と診断の違いを理解することが重要です。この 2 つの手法は並行して使用されることが多いものの、異なる目的を果たしています。診断という単語は、PHM という用語の中で直接言及されていませんが、多くの場合、PHM を成功させるための重要な手法になります。

診断は、システム内で既に発生した不具合や故障の原因を特定し、切り分け、判別することに重点を置いています。診断は、「どのような問題が発生したのか」を明らかにします。診断は、機器の現在の健全性状態の監視に基づいた PHM 戦略である状態基準保全 (CBM) プログラムのコンポーネントです。

一方、故障予測は将来を予測します。これには、システムまたはコンポーネントが意図した機能を実行できなくなる時期を予測することが含まれます。残存耐用時間 (RUL) として知られるこの予測により、故障を防ぐための予防的なメンテナンスが可能になります。故障予測は、機械の動作のより高度な理解を必要としますが、計画外のダウンタイムとメンテナンスコストの削減に対して大きな影響を及ぼします。予測は、「いつ問題が起こるか」を明らかにします。

PHM は診断と故障予測を組み合わせることで、機械の健全性を包括的に把握し、メンテナンスと運用に関してより多くの情報に基づいた意思決定を可能にします。

状態基準保全 (CBM) は、現在の機器の健全性状態に基づいて保全を行う方法です。CBM が機能する仕組みと予知保全との違いについて説明します。

健全性管理

PHM のコンテキストにおける健全性管理とは、運用システムの健全性と信頼性を維持または改善するための戦略を指します。この手法では、現在の問題および潜在的な問題に対処するための、監視、診断、故障予測、メンテナンス計画、修正アクションの実行など、さまざまな活動が統合されます。健全性管理は、データを使用してメンテナンスと運用の実践に関する意思決定のために情報を提供することで、システムがライフサイクル全体にわたって効率的かつ効果的に機能することを保証する総合的な手法です。

効果的な健全性管理は、監視、解析、およびアクションの継続的なサイクルを利用します。これは、運用している機器からのセンサーデータをリアルタイムで監視することから始まります。そして、現在の健全性状態を理解するための診断と将来の状態を予想するための故障予測の両方を使用して、収集したデータを解析します。この解析に基づいて、予防、予後、予知のいずれであっても、最も適切なメンテナンス アクションに関する意思決定を行うことができます。

MATLAB による故障予測アルゴリズム開発

故障予測アルゴリズムは、予知保全プログラムの目標です。故障予測アルゴリズムを開発するには、機械、もしくは複数の機械のデータから始める必要があります。このデータは、正常な状態と劣化した状態の両方を表す必要があります。MATLAB® には、Predictive Maintenance Toolbox™ の残存耐用時間アルゴリズムなどのツールを使用した複数の故障予測アルゴリズム開発手法があります。

データ収集から展開、統合に至る、センサーデータの故障予測アルゴリズム開発ワークフロー。

故障予測アルゴリズム開発ワークフロー。

PHM 用のデータ

故障予測アルゴリズムを開発するためのデータ (経時的に収集される温度、圧力、電圧、ノイズ、振動の測定値など) は通常、機械のセンサーから取得されます。ただし、定期メンテナンス プログラムは安全性を重視する傾向があるため、予測に必要な故障データの収集が困難な場合があります。センサーデータは、機械パラメーターに一致するように調整された物理ベースモデルから生成された故障データで拡張できます。

状態インジケーターの設計

故障予測用の機械データは、状態インジケーターと呼ばれる重要な特徴量を抽出するために、さまざまな統計および信号処理手法を使用して処理されます。状態インジケーターは、機械の劣化に伴って予測的に変化する特徴量です。これらは、正常な運用と異常が生じている運用を区別するのに役立つ任意の特徴量です。故障予測の場合、状態インジケーターは健康インジケーターと呼ばれることもあり、故障予測モデルの学習のための入力として使用されます。

全日本空輸は、機械学習モデルの学習を MATLAB を使用して行っており、そのモデルはリアルタイムのセンサーデータを評価するためにデータパイプラインに展開されます。

故障予測アルゴリズムのタイプ

利用可能なデータと知識に基づいた、複数の故障予測アルゴリズム設計手法があります。エンジニアは、過去のデータを使用してデータ駆動型の故障予測アルゴリズムを設計したり、特定分野の専門知識を使用して物理ベースモデルを作成したり、その両方を組み合わせたりすることができます。その結果、次の故障イベントがいつ発生する可能性が高いか予想できる故障予測アルゴリズムが得られます。

データ駆動型のアルゴリズム

回帰モデルは、基本的な故障予測によく使用される機械学習アルゴリズムの一種です。回帰モデルは、出力変数 (故障時期など) と 1 つ以上の入力変数 (状態インジケーター) の間の関係を記述します。この手法は、現在の状態に基づいてバッテリーなどのアセットの寿命を静的に予測することが目標である場合に役立ちます。

予測されたサイクル寿命と実際のサイクル寿命を示すプロット。上昇トレンドの直線は、予測されたサイクル寿命を示しています。多くの実際のデータ点がこの線の周囲に集中しており、いくつかの外れ値があります。

バッテリーのサイクル寿命を予測する故障予測のための単純な回帰モデルの結果。(MATLAB コード例を参照してください。)

ただし、多くの故障予測アプリケーションの目標は、運用履歴に基づいて特定のアセットの故障までの時間を正確に予測することです。そのために、残存耐用時間アルゴリズムを利用します。

残存耐用時間 (RUL) モデルは、類似性モデル、劣化モデル、生存モデルなどの故障予測専用のアルゴリズムです。どのモデルを使用するかは、利用可能な過去のデータの量によって異なります。これらのモデルでは、代表的な状態インジケーターを設計するための特徴量エンジニアリングが必要です。より多くのデータが収集されるにつれて、定義された信頼区間内で継続的に更新された故障予測を提供できます。

MATLAB における劣化モデルを使用したベアリングの故障予測のための RUL 推定。(MATLAB コード例を参照してください。)

ディープラーニング モデルは、複雑なパターンを自動的に学習して大量のデータから特徴量を抽出することに特に優れています。長・短期記憶ネットワーク (LSTM) や畳み込みニューラル ネットワーク (CNN) など、故障予測のディープラーニング手法は、生データを処理できるため、正確な状態インジケーターや特徴量を設計するために特定分野の専門知識は必要ありません。ただし、ディープラーニング モデルには大量のデータと計算リソースが必要であり、セーフティ クリティカルな設定に必要な説明可能性が欠けていることがあります。

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物理ベースモデル

Simulink®Simscape® に組み込まれているような物理ベースモデルは、経時的な機械動作のシミュレーションによる故障予測に使用できます。実際の機械からのセンサーデータを使用してこれらのモデルの妥当性確認およびキャリブレーションを実行してから、それらのモデルを使用して、さまざまな動作状態で故障予測のための将来の動作をシミュレーションできます。これらのモデルを故障予測に使用するには、機械設計と、コンポーネントが経時的にどのように劣化するかについての詳細な知識が必要です。

ポンプにおけるハウジング、3 つのプランジャー、およびクランクのブロックを示す PHM 用の Simscape モデル。

Simscape で構築された、故障する可能性があるポンプの故障予測用の物理ベースモデル。(Simulink モデルを参照してください。)

ハイブリッド アルゴリズム

状態推定器および同定されたモデルは、システムの物理法則の知識と運用データを組み合わせたハイブリッド アルゴリズムです。状態空間モデルや自己回帰モデルなど、機械の動作を記述する同定された動的モデルを作成する場合、モデルを時間の順方向に進めて、既知の状態インジケーターの動作を解析することで、そのモデルを故障予測に使用できます。同様に、カルマンフィルターなどの状態推定器を故障予測に使用し、故障が発生する将来の状態を予測できます。

さらに、データ駆動型の手法と物理ベースの手法を組み合わせることで、運用データと深い特定分野の専門知識の両方を使用して堅牢性の高い故障予測手法を形成することもよく行われます。たとえば、カスタムのドメイン固有の特徴量と標準の特徴量エンジニアリング手法を組み合わせると、AI モデルの正確性を向上させることができます。対象のシステムやコンポーネントに関する知識のソースを解析すると、PHM 手法の信頼性が高まります。

展開と運用

PHM アルゴリズムは、現実世界の運用環境に展開されて初めて役に立ちます。要件に応じて、複数の故障予測アルゴリズムの運用手法があります。

アルゴリズムは、オンプレミスサーバーやクラウド プラットフォームなどの IT 環境に展開できます。クラウドへの展開では、さまざまな計算とストレージのニーズに合わせてオンデマンドで迅速に調整できます。これは、複数のサイトや大規模な機器全体にまたがる大量のデータや複雑な分析を処理する場合に特に役立ちます。オンプレミスへの展開では、インフラストラクチャへのより多くの先行投資が必要になりますが、データセキュリティとシステム パフォーマンスをより詳細に制御できます。このことは、機密性の高い業界や規制の厳しい業界のアプリケーションにとって非常に重要です。

あるいは、故障予測アルゴリズムを機器上の組み込みシステムに直接実装することもできます。この手法により、リアルタイムの監視と意思決定が可能になり、解析用の一元管理システムへのデータ伝送に関連するレイテンシが大幅に短縮されます。データをローカルで処理することにより、組み込みシステムはネットワーク経由で送信する必要があるデータの量を大幅に削減し、帯域幅の制約を緩和し、潜在的な障害点を減らすこともできます。これは、自律型車両や重要な製造プロセスなど、故障予測の洞察に基づいて即時のアクションが必要なシナリオで特に役立ちます。

展開手法に関係なく、故障予測アルゴリズムの運用では、継続的な監視とメンテナンスにより、経時的に効果を維持できるようにする必要があります。これには、新しい故障モードや運用状態の変化を反映するためのアルゴリズムの更新や、アルゴリズムの正確性を継続的に確保するための監視とドリフト検出が含まれます。故障予測アルゴリズムを効果的に運用するには、継続的なサポートとメンテナンスのための綿密に計画された戦略が必要です。これにより、ライフサイクル全体で価値を提供し続けられるようにします。

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