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無線通信のためのレイ トレーシング

はじめに

無線通信システムでは、電波を使用して信号を送信します。伝播モデリングにより、周波数、アンテナの高さ、地形の特性、建物の特性などのシステム パラメーターに基づいて信号の強度を推定できます。

理論的モデルと経験的モデルは、範囲に基づいてパス損失を推定するもので、モデリング環境に類似した環境に対してのみ有効です。そのため、これらのモデルでは通常、正確な時間情報または空間情報が提供されません。これらのモデルとは異なり、レイ トレーシング モデルは 3 次元環境に特化しているため、都市環境などのシナリオに適しています。

伝播モデリングの場合、"光線" は次を行う個々の電波信号です[1]

  • 均質な媒質内を直線的に進む。

  • 反射、屈折、回折の法則に従う。

  • エネルギーを搬送する。伝播モデルでは、光線をチューブのように扱い、光線と環境が交互作用するにしたがって、断面上のエネルギー密度が小さくなるようにします。

与えられた 3 次元環境に対して、レイ トレーシング モデルは数値シミュレーションを使用して次を行います。

  • 送信機から受信機に向かう光線の経路の予測。モデルは、送信機から受信機に向かう多数の光線を見つけることができます。モデルは、パスから発射角、到来角、および到着時間を導出します。

  • 各光線のパス損失と位相変化の推定。合計パス損失は、交互作用損失、自由空間損失、およびオプションで大気損失の合計です。

光線は、いくつかの方法で環境と交互作用します[1]

交互作用説明

見通し線 (LOS)

光線が送信機から受信機に直接移動します。

反転

光線が反射の法則に従って表面で反射します。

屈折 (透過)

光線が新しい媒質に移動するときに、屈折の法則に従って屈折します。

回折

光線が回折の法則に従って表面から回折します。1 つの光線から多くの回折光線が生成される場合があります。

拡散散乱

光線が海または建物の外壁などの粗い表面と交互作用します。

レイ トレーシング モデルを作成し、伝播パスを予測し、パス損失と位相シフトを計算するには、以下の関数を使用します。

  • propagationModel — レイ トレーシング モデルを RayTracing オブジェクトとして作成します。レイ トレーシング手法、反射と回折の最大数、相互作用材料などのオプションを指定します。レイ トレーシング モデルは、関数 coverage を使用してカバレッジ マップを生成する場合や、関数 sigstrength を使用して総受信電力を計算する場合など、RF 解析を行う際の入力として使用できます。

  • raytrace — 伝播パス (光線) を地図上に表示するか、伝播パスを comm.Ray オブジェクトとして返します。各オブジェクトは送信機から受信機までの完全なパスを表し、パス損失、位相シフト、表面交互作用のタイプなどの情報が含まれています。

  • raypl — 表面材料とアンテナの偏波タイプに基づいて、伝播パスのパス損失と位相シフトを計算します。

屋内環境と都市環境でのレイ トレーシングを示す例については、それぞれレイ トレーシングを使用した屋内 MIMO-OFDM 通信リンクレイ トレーシングを使用した都市のリンクとカバレッジの解析を参照してください。

レイ トレーシング手法

関数 propagationModel および raytrace は、LOS および見通し外 (NLOS) パスを検出するレイ トレーシング モデルを使用します。

  • このモデルは、送信機から受信機に向かって光線を発射することによって LOS パスを見つけます。光線が受信機に到達する前に表面と交互作用しない場合、LOS パスが存在することになります。

  • このモデルは、Shooting and Bounicng Rays (SBR) 法[2]またはイメージ手法を使用して NLOS パスを見つけます。関数 propagationModel を使用して、手法を指定できます。

モデル化する交互作用のタイプ、計算速度、および精度に基づいて手法を選択します。

手法交互作用のタイプ計算速度計算精度

SBR (既定)

反射とエッジ回折による効果が含まれます。コーナー回折、屈折、または拡散散乱の効果は含まれません。

パスごとに、最大 10 回のパス反射と 2 回のエッジ回折をサポートします。

計算量は、反射の数に応じて線形的に増加し、回折の数に応じて指数的に増加します。SBR 法の方がイメージ手法よりも一般に高速になります。

正確な幾何学的精度で伝播パスのおおよその数を計算します。

イメージ

反射による効果が含まれます。回折、屈折、または拡散散乱の効果は含まれません。

パスごとに、最大 2 回のパス反射をサポートします。

計算量は反射の回数に応じて指数的に増加します。

正確な幾何学的精度で伝播パスの正確な数を計算します。

イメージ手法と SBR 法の両方で同じパスが検出される場合、そのパスに沿った点は、単精度浮動小数点値のマシン精度の許容誤差内で同じになります。

SBR 法

次の図は、送信機 Tx から受信機 Rx までの伝播パスを SBR 法で計算する方法を図解したものです。

Ray tracing reflection and diffraction using the SBR method

SBR 法では、Tx を中心とする測地線球面から多数の光線を発射します。この測地線球面から、モデルはほぼ等間隔に光線を発射できます。

次に、この手法では Tx からのすべての光線をトレースします。反射、回折、屈折、散乱など、光線と周囲のオブジェクトとの間のさまざまな種類の相互作用をモデル化できます。SBR 法の現在の実装では、反射とエッジ回折のみが考慮されることに注意してください。

  • 光線が平面 (図の R) に当たると、反射の法則に従って光線が反射します。

  • 光線がエッジ (図の D) に当たると、回折の法則に従って光線から多数の回折光線が発生します[3][4]。それぞれの回折光線の回折エッジに対する角度は入射光線と同じになります。次に、SBR 法では、回折点を新しい発射点として、Tx から発射された光線と同じように回折光線をトレースします。一連の回折光線により、回折エッジを中心とする円錐が形成されます。この円錐を一般に "ケーラー錐" と呼びます[4]

SBR 法では、発射される各光線について、受信球面と呼ばれる球面で Rx を囲みます。この球面の半径は光線がたどる距離と発射された各光線間の平均角度に比例します。光線が球面と交差すれば、モデルは光線を Tx から Rx までの有効なパスと見なします。SBR 法は、有効なパスを修正して、パスが正確な幾何学的精度を確保するようにします。

光線間の角度を減らして光線の数を増やすと、受信球面が小さくなります。その結果、場合によっては、多くの光線を発射したときに、パスが少なくなったり、異なったりすることがあります。この状況は、OpenStreetMap® の建物や地形データから自動的に生成されたシナリオよりも、STL ファイルや三角形分割オブジェクトから作成されたカスタム 3D シナリオで発生する可能性が高くなります。

SBR 法では、倍精度浮動小数点の計算を使用してパスを検出します。

イメージ手法

次の図は、SBR 法と同じ送信機と受信機について、単一の反射光線の伝播パスをイメージ手法で計算する方法を図解したものです。イメージ手法では、平面反射面に対する Tx のイメージ Tx' を特定します。次に、この手法では Tx' と Rx を線分でつなぎます。この線分が平面反射面 (図の R) と交差すれば、Tx から Rx までの有効なパスが存在します。この手法では、これらの手順を再帰的に拡張して複数の反射でパスを調べます。イメージ手法では、単精度浮動小数点の計算を使用してパスを検出します。

Ray tracing using the image method

伝播損失

RayTracing オブジェクトは、伝播パスを通る信号の水平偏波と垂直偏波を追跡することにより、反射損失と回折損失を計算します。合計電力損失は、自由空間損失、反射損失、および回折損失の合計です。

表面材料の効果

光線が表面と交互作用すると、表面の材質が反射損失に影響します。

レイ トレーシング モデルは、表面の複素比誘電率 εr を使用して、建物と表面材料を伝播損失の計算に組み込みます。ITU-R P.2040-1[5] Recommendation および ITU-R P.527[6] Recommendation には、周波数範囲の εr を計算するために使用される手法、方程式、および値が含まれます。

εr の方程式は次のとおりです。

εr=εr+jεr

εr=σ2πε0f,

ここで、

  • εr' は実数の比誘電率。

  • σ は S/m 単位の伝導率。

  • ε0 は自由空間の誘電率 (電気定数)。

  • f は Hz 単位の周波数。

建物の材料について、レイ トレーシング モデルは εr' と σ を次のように計算します。

εr=afb

σ=cfd,

ここで、a、b、c、および d は、表面材料によって決まる定数です。読みやすくするため、この表では周波数範囲を GHz で示しています。

材料クラス比誘電率の実数部伝導率 (S/m)周波数範囲 (GHz)
abcd

真空 (~ 空気)

1

0

0

0

[0.001, 100]

コンクリート

5.31

0

0.0326

0.8095

[1, 100]

れんが

3.75

0

0.038

0

[1, 10]

石こうボード

2.94

0

0.0116

0.7076

[1, 100]

木材

1.99

0

0.0047

1.0718

[0.001, 100]

ガラス

6.27

0

0.0043

1.1925

[0.1, 100]

天井板

1.50

0

0.0005

1.1634

[1, 100]

ボール紙

2.58

0

0.0217

0.78

[1, 100]

床板

3.66

0

0.0044

1.3515

[50, 100]

金属

1

0

107

0

[1, 100]

非常に乾燥した地面

3

0

0.00015

2.52

[1, 10] のみ(a)

中程度に乾燥した地面

15

– 0.1

0.035

1.63

[1, 10] のみ(a)

湿った地面

30

– 0.4

0.15

1.30

[1, 10] のみ(a)

メモ (a): 3 つの地面タイプ (非常に乾燥した地面、中程度に乾燥した地面、湿った地面) については、注記の周波数制限を超えることはできません。

水、海水、ドライアイスまたは氷、乾燥土壌または湿潤土壌、植生などの地球表面について、レイ トレーシング モデルは ITU-R P.527[6]に示されている方法と式を使用して εr を計算します。

反射損失

次の図は、送信機サイト tx から受信機サイト rx への反射パスを示しています。

Reflection path from a transmitter site to a receiver site

このモデルは、次の手順で偏波と反射損失を決定します。

  1. 伝播行列 P を計算し、3 次元空間における光線の伝播を追跡します。この行列は反復積です。ここで、i は反射点の数です。

    P=iPi

    入射電磁界のグローバル座標を反射面のローカル座標に変換して各反射の Pi を計算し、その結果に反射係数行列を乗算し、座標を変換して元のグローバル座標系に戻します[7]。Pi および P0 の方程式は次のとおりです。

    Pi=[soutpoutkout]i[RV(α)000RH(α)0001]i[sinpinkin]i1

    P0=[100010001]

    ここで、

    • s、p、および k は、入射面 (入射光線、および反射面の表面法線によって決定される面) の基本要素です。s と p は、それぞれ入射面に垂直な成分と平行な成分です。

    • kin および kout は、それぞれ入射光線と反射光線のグローバル座標における向きです。

    • sin および sout は、それぞれ入射光線と反射光線の水平偏波のグローバル座標における向きです。

    • pin および pout は、それぞれ入射光線と反射光線の垂直偏波のグローバル座標における向きです。

    • RH および RV は、それぞれ水平偏波と垂直偏波のフレネル反射係数です。α は光線の入射角で、εr は材料の複素比誘電率です。

      RH(α)=cos(α)(εrsin2(α))/εr2cos(α)+(εrsin2(α))/εr2

      RV(α)=cos(α)εrsin2(α)cos(α)+εrsin2(α)

  2. 伝播行列 P を、2 行 2 列の偏波行列 R に投影します。このモデルは、グローバル座標となるように送信機と受信機の座標系を回転させます。

    R=[HinHrxVinHrxHinVrxVinVrx]

    Hin=P(Vtx×ktx)

    Vin=PVtx

    ここで、

    • Hrx および Vrx は、それぞれ受信機の水平偏波 (Eθ) と垂直偏波 (Eϕ) のグローバル座標における向きです。

    • Hin および Vin は、それぞれ伝播された水平偏波と垂直偏波のグローバル座標における向きです。

    • Vtx は、送信機から発射される光線の公称垂直偏波のグローバル座標における向きです。

    • ktx は、送信機から発射される光線のグローバル座標における向きです。

  3. 2 行 1 列のジョーンズ偏波ベクトル Jtx と Jrx をそれぞれ使用して、送信機と受信機における電界の正規化された水平偏波と垂直偏波を指定します。送信機と受信機のいずれかが偏波なしである場合、このモデルは Jtx=Jrx=22[11] と仮定します。

  4. R、Jtx、および Jrx を結合し、偏波と反射損失 IL を計算します。

    IL=20log10|Jrx1RJtx|

回折損失

このモデルは、Uniform Theory of Diffraction (UTD) [8]に基づく計算を使用して回折損失を計算します。

1 次信号回折について、パス損失 PLD の方程式は次のようになります。

PLD=JVrxHdiff1JVtx,

ここで、

  • JVrx と JVtx は、それぞれ受信機と送信機の偏波ベクトルであり、ジョーンズ ベクトルとして指定されます。

  • Hdiff1 は回折行列です。

回折行列の方程式には 3 つの項が含まれます。

  • 第 1 項は、光線座標の基底からエッジ固定入射面の基底まで偏波ベクトルを回転させる幾何学的結合行列です。エッジ固定入射面には光線とエッジが含まれます。

  • 第 2 項は、水平偏波および垂直偏波の局所的回折係数 D および D と振幅スケーリング係数を含む偏波行列です。回折係数および振幅スケーリング係数の詳細については、[3]および[8]を参照してください。

  • 第 3 項は、エッジ固定入射面の基底からエッジ固定回折面の基底まで偏波ベクトルを回転させる幾何学的結合行列です。エッジ固定回折面には回折光線とエッジが含まれます。

参照

[1] Yun, Zhengqing, and Magdy F. Iskander. “Ray Tracing for Radio Propagation Modeling: Principles and Applications.” IEEE Access 3 (2015): 1089–1100. https://doi.org/10.1109/ACCESS.2015.2453991.

[2] Schaubach, K.R., N.J. Davis, and T.S. Rappaport. “A Ray Tracing Method for Predicting Path Loss and Delay Spread in Microcellular Environments.” In [1992 Proceedings] Vehicular Technology Society 42nd VTS Conference - Frontiers of Technology, 932–35. Denver, CO, USA: IEEE, 1992. https://doi.org/10.1109/VETEC.1992.245274.

[3] International Telecommunications Union Radiocommunication Sector. Propagation by diffraction. Recommendation P.526-15. ITU-R, approved October 21, 2019. https://www.itu.int/rec/R-REC-P.526/en.

[4] Keller, Joseph B. “Geometrical Theory of Diffraction.” Journal of the Optical Society of America 52, no. 2 (February 1, 1962): 116. https://doi.org/10.1364/JOSA.52.000116.

[5] International Telecommunications Union Radiocommunication Sector. Effects of building materials and structures on radiowave propagation above about 100MHz. Recommendation P.2040-1. ITU-R, approved July 29, 2015. https://www.itu.int/rec/R-REC-P.2040/en.

[6] International Telecommunications Union Radiocommunication Sector. Electrical characteristics of the surface of the Earth. Recommendation P.527-5. ITU-R, approved August 14, 2019. https://www.itu.int/rec/R-REC-P.527/en.

[7] Chipman, Russell A., Garam Young, and Wai Sze Tiffany Lam. "Fresnel Equations." In Polarized Light and Optical Systems. Optical Sciences and Applications of Light. Boca Raton: Taylor & Francis, CRC Press, 2019.

[8] McNamara, D. A., C. W. I. Pistorius, and J. A. G. Malherbe. Introduction to the Uniform Geometrical Theory of Diffraction. Boston: Artech House, 1990.

参考

関数

オブジェクト

関連するトピック