可変速モーター制御のシミュレーション
AC 電動機の可変速度制御には、IGBT、MOSFET、GTO などの強制整流式電子スイッチが利用されます。最近では DC モーターやサイリスタ ブリッジが、徐々に PWM (pulse width modulation) 変調方式の電圧源コンバーター (VSC) を備えた非同期電動機に置き換えられています。この PWM 電源技術と共に、ベクトル制御方式 (Field-oriented control) や、直接トルク制御 (Direct torque control) といった新しい制御技術が加わって、従来 DC モーターで行われているような柔軟な速度とトルクの制御が可能になりました。このチュートリアルでは、非同期機を制御する単純な開ループ AC ドライブを作成する方法を説明します。Simscape™ Electrical™ Specialized Power Systems には、あらかじめ作成されたモデルが含まれており、複雑なシステムを自分で作成せずに電気駆動システムをシミュレートすることができます。詳細については、Electric Drives モデルを参照してください。
[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Electrical Machines] ライブラリには、最も良く使用される 4 種類の三相電動機 (簡易タイプと標準タイプの同期機、非同期機、永久磁石同期機) が含まれています。各電動機は、発電機としてもあるいはモーターとしても適用できます。さらに、変圧器、伝送線、負荷やブレーカー回路など、線形回路や非線形回路を組み合わせることができます。これらは、電気ネットワークの電気機械の過渡状態をシミュレーションするために使用できます。これらをパワー エレクトロニクス デバイスと組み合わせて、ドライブをシミュレートできます。
[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Power Electronics] ライブラリには、ダイオード、サイリスタ、GTO サイリスタ、MOSFET、IGBT デバイスをシミュレートできるブロックが含まれています。実際に三相ブリッジを作るには、いくつかのブロックを組み合わせる必要があります。たとえば、IGBT インバーター ブリッジでは、6 つの IGBT と 6 組の逆向きに接続したダイオードが必要になります。
ブリッジを構成する場合、Universal Bridge ブロックを使うと自動的に簡単に作成されます。
PWM モーター駆動回路の作成とシミュレーション
次の手順に従い、PWM 制御のモーターのモデルを作成します。
モデルの作成と設定
コマンド ラインで「
power_new
」と入力して新しいモデルを開きます。モデルをpower_PWMmotor
という名前で保存します。[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Power Electronics] ライブラリから Universal Bridge ブロックを追加します。
Universal Bridge ブロックの [パラメーター] 設定で、[Power Electronic device] パラメーターを
[IGBT /Diodes]
に設定します。[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Electrical Machines] ライブラリから Asynchronous Machine SI Units ブロックを追加します。
Asynchronous Machine SI Units ブロックのパラメーターを次のように設定します。
設定 パラメーター 値 Configuration Rotor type Squirrel-cage
Parameters Nominal power, voltage (line-line), and frequency [ Pn(VA), Vn(Vrms), fn(Hz) ] [3*746 220 60]
Stator resistance and inductance [ Rs(ohm) Lls(H) ] [1.115 0.005974]
Rotor resistance and inductance [ Rr'(ohm) Llr'(H) ] [1.083 0.005974]
Mutual inductance Lm (H) 0.2037
Inertia, friction factor, pole pairs [ J(kg.m^2) F(N.m.s) p() ] [0.02 0.005752 2]
[slip, th(deg), ia,ib,ic(A), pha, phb, phc(deg)] [1 0 0 0 0 0 0 0]
基準電力を
3*746
VA に、基準線間電圧 Vn を220
Vrms に設定すると、2 組の極をもつ、3 HP、60 Hz 電動機が実装されます。これにより、速度の定常値は、1800 rpm、ws = 188.5 rad/s の同期電動機よりは若干遅くなっています。[Rotor type] パラメーターを
[Squirrel-cage]
に設定すると、出力端子 a、b および c が非表示になります。モーターを正常に動作させるために、これら 3 つの回転子の端子は通常は短絡されるからです。Asynchronous Machine ブロックの内部信号にアクセスします。
[Simulink] 、 [Signal Routing] ライブラリから Bus Selector ブロックを追加します。
電動機ブロックの測定出力端子 [m] を、Bus Selector ブロックの入力端子に接続します。
Bus Selector ブロックの [ブロック パラメーター] ダイアログ ボックスを開きます。ブロックをダブルクリックします。
あらかじめ選択されている信号を削除します。[選択した要素] ペインで、Shift キーを押したまま
??? signal1
および??? signal2
を選択し、[削除] をクリックします。対象の信号を選択します。
ダイアログ ボックスの左側のペインで、[Stator measurements] 、 [Stator current is_a (A)] を選択します。[選択>>] をクリックします。
[Mechanical] 、 [Rotor speed (wm)] を選択します。[選択>>] をクリックします。
[Electromagnetic torque Te (N*m)] を選択します。[選択>>] をクリックします。
モーターの負荷と駆動
モーター負荷のトルク速度特性を実装します。負荷のタイプがファンやポンプである場合の 2 次トルク速度特性を仮定すると、トルク T は回転数 ω の二乗に比例します。
モーターの基準トルクは次のようになります。
したがって、定数 k は次のようになります。
[Simulink] 、 [User-Defined Functions] ライブラリから Interpreted MATLAB Function ブロックを追加します。関数ブロックをダブルクリックし、トルクの式を回転数の関数
3.34e-4*u^2
として入力します。関数ブロックの出力を、電動機ブロックのトルク入力端子 [Tm] に接続します。
[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Sources] ライブラリから DC Voltage Source ブロックを追加します。ブロックの [パラメーター] 設定で、[Amplitude (V)] パラメーターに
400
を指定します。Voltage Measurement ブロックの名前を
VAB
に変更します。[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Passives] ライブラリから Ground ブロックを追加します。
power_PWMmotor
モデルのブロック線図に示すように、電気要素と電圧センサーのブロックを接続します。
パルス発生器を使ったインバーター ブリッジの制御
インバーター ブリッジを制御するには、パルス発生器を使用します。
[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Power Electronics] 、 [Power Electronics Control] ライブラリから PWM Generator (2-Level) ブロックを追加します。コンバーターが開ループで動作し、3 つの PWM 変調信号が内部で生成されるように構成できます。この出力 P を Universal Bridge ブロックのパルス入力に接続します。
PWM Generator (2-Level) ブロックのダイアログ ボックスを開き、パラメーターを以下のように設定します。
Generator type
Three-phase bridge (6 pulses)
Mode of operation
Unsynchronized
Frequency
18*60Hz (1080 Hz)
Initial Phase
0 degrees
Minimum and maximum values
[-1,1]
Sampling technique
Natural
Internal generation of reference signal
selected
Modulation index
0.9
Reference signal frequency
60 Hz
Reference signal phase
0 degrees
Sample time
10e-6 s
そのブロックは離散化され、パルスは指定した時間ステップの倍数で変化します。時間ステップ 10µs は、1080Hz のスイッチング周期の +/- 0.54% に相当します。
PWM パルスを発生させる一般的な方法では、合成すべき出力電圧波形 (この場合 60Hz) をスイッチング周波数 1080Hz の三角波と比較します。線間の RMS 出力電圧は、DC 入力電圧と変調指数 m との関数で与えられ、次のような式で表されます。
この結果、DC 電圧が 400V で変調指数が 0.90 の場合に、線間の RMS 出力電圧が 220Vrms となります。この値は非同期モーターの定常電圧です。
電圧および電流の基本周波数成分の測定とその信号の表示
検波された電圧波形 Vab と A 相の電流波形に含まれる基本周波数成分 (60Hz) を測定するブロックを追加します。[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Sensors and Measurements] ライブラリから Fourier ブロックをモデルに追加します。
Fourier ブロックのダイアログ ボックスを開き、パラメーターが次のように設定されていることを確認します。
Fundamental frequency
60 Hz
Harmonic n
1
Initial input
[0 0]
Sample time
10e-6 s
Vab の電圧測定器にこの Discrete Fourier ブロックの出力を接続してください。
Fourier ブロックを複製します。A 相の電流を測定するために、このブロックを Bus selector ブロックの出力 "Stator current is_a" に接続します。
Asynchronous Machine ブロックの測定出力信号 Te、ias および w と、VAB 電圧の信号を、シミュレーション データ インスペクターにストリーミングします。
連続積分アルゴリズムを使った PWM モーター駆動回路のシミュレーション
終了時間を 1 s
に設定してシミュレーションを開始します。シミュレーション データ インスペクター を開き、信号を確認します。
モーターが始動し、0.5s 後に定常状態の速度 181rad/s (1728rpm) に到達します。60Hzの電流は、始動時には 90A ピーク (64A RMS) に達しますが、定常状態では 10.5A (7.4A RMS) になります。予想されたとおり、検波後の 60Hz の電圧の大きさは、次の値にとどまっています。
さらに、始動時に電磁トルクの強い振動があることがわかります。定常状態のトルクを拡大表示すると、平均値 11.9N.m をもつノイズのある信号を観測します。これは、基準速度での負荷トルクに対応します。
3 つのモーター電流を拡大表示すると、すべての高調波 (スイッチング周波数 1080Hz の倍数) が固定子のインダクタンスによってフィルタリングされ、その結果、60Hz の成分が主要になることがわかります。
PWM モーターの駆動。全電圧範囲におけるモーターの始動のシミュレーション結果
Multimeter ブロックの使用
Universal Bridge ブロックは、従来のサブシステムとは異なり、6 個の各スイッチのすべてにアクセスできるわけではありません。個々のスイッチの電圧や電流を測定しようとするのであれば、Multimeter ブロックを使用します。この Multimeter ブロックを使うことによって、ブリッジの内部信号にアクセスすることが可能になります。
Universal Bridge ブロックのダイアログ ボックスを開き、[Measurement] パラメーターを
Device currents
に設定します。[Simscape] 、 [Electrical] 、 [Specialized Power Systems] 、 [Sensors and Measurements] ライブラリから Multimeter ブロックを追加してから、Multimeter ブロックをダブルクリックします。6 つのスイッチの電流を示すウィンドウが表示されます。
A 相に接続されているブリッジ アームの電流を 2 つ選びます。それらには次のような名前が付いています。
iSw1
Universal Bridge
iSw2
Universal Bridge
[閉じる] をクリックします。マルチメーターのアイコンに信号数として 2 が表示されます。
Multimeter ブロックからシミュレーション データ インスペクターに信号を送信します。
再度、シミュレーションを実行してください。下図は、最初の 20ms の波形を示します。
IGBT/ダイオード スイッチ 1 と 2 の電流波形
予想どおり、スイッチ 1 およびスイッチ 2 の電流は相補的になりました。正の電流は IGBT を流れる電流で、負の電流は互いに逆向きに接続されたダイオードに流れる電流を示しています。
メモ:
Multimeter ブロックの使用は、Universal Bridge ブロックに限定されません。Electrical Sources and Elements ライブラリの多くのブロックは、[Measurement] パラメーターをもち、電圧、電流、飽和磁束などを選択できます。Multimeter ブロックを適切に使用すると、回路内の電流センサーと電圧センサーの数が少なくなり、わかりやすくなります。
PWM モーター駆動回路の離散化
可変ステップ積分アルゴリズムを使ったシミュレーションは比較的時間がかかります。使用するコンピューターにもよりますが、たとえば 1 秒のシミュレーションに数十秒かかることがあります。回路を離散化し、固定時間ステップでシミュレーションをすることで、シミュレーション時間を短縮できます。
[シミュレーション] タブで、[モデル設定] をクリックします。[ソルバー] を選択します。[ソルバーの選択] で、[固定ステップ]
オプションと [離散 (連続状態なし)]
オプションを選択します。powergui ブロックを開き、[Simulation type] を [Discrete]
に設定します。[Sample time] を 10e-6
s に設定します。これで、非同期電動機を含む電力システムは、サンプル時間 10 µs で離散化されるようになります。
シミュレーションを開始します。シミュレーションの実行時間が連続システムの実行時間と比べて速くなっていることがわかります。その結果は、連続システムの場合とよく一致しています。
FFT ツールを使った調和成分解析
2 つの Fourier ブロックでは、シミュレーションの実行中に電圧と電流の基本周波数成分を計算できます。高調波成分も観測する場合は、それぞれの高調波成分について 1 つの Fourier ブロックが必要になります。この手法は便利ではありません。
Scope ブロックをモデルに追加し、VAB Voltage Measurement ブロックの出力に接続します。Scope ブロックで、時間付き構造体としてデータをワークスペースにログ記録します。シミュレーションを開始します。電圧および電流波形の周波数スペクトルを表示するには、powergui の FFT ツールを使用します。
シミュレーションが完了したら、powergui を開き、[FFT Analysis] を選択します。新しいウィンドウが開きます。ここで次のように解析信号、時間ウィンドウ、周波数範囲などのパラメーターを設定してください。
名前 |
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Input |
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Signal number |
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Start time |
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Number of cycles |
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Display |
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Fundamental frequency |
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Max frequency |
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Frequency axis |
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Display style |
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解析する信号がウィンドウ上部に表示されます。[Display] をクリックします。ウィンドウ下部に、次の図に示すような周波数スペクトルが表示されます。
モーターの線間電圧の FFT 解析
Vab 電圧の基本周波数成分と全高調波歪み (THD) がスペクトル ウィンドウの上に表示されます。インバーター電圧 (312V) の基本周波数成分の大きさが、理論値 (変調指数 m=0.9 に対して 311V) とよく一致しています。
また上の図に示すように、高調波成分が基本周波数成分の % で示されます。予想どおり、高調波が搬送周波数 (n*18 +- k) の整数倍に発生していることがわかります。最も大きな高調波成分 (30%) が第 16次 (18-2) の高調波と第 20次 (18+2) に発生していることもわかります。