化学反応器のゲイン スケジュール制御
この例では、化学反応器の低変換率から高変換率への遷移のためのゲイン スケジュール コントローラーの設計および調整方法を示します。詳細については、Seborg, D.E. et al., "Process Dynamics and Control", 2nd Ed., 2004, Wiley, pp. 34-36 を参照してください。
連続攪拌タンク反応器
ここで取り上げるプロセスは、低変換率から高変換率 (高残留濃度から低残留濃度) への遷移中の連続攪拌タンク反応器 (CSTR) です。化学反応は発熱する (熱を生成する) ため、熱暴走を防ぐために反応器の温度を制御しなければなりません。制御タスクは、プロセス ダイナミクスは非線形であり、変換率が高くなるにつれて安定から不安定へ、そして安定に戻るというように遷移するという事実によって複雑になります。反応器のダイナミクスは Simulink でモデル化されます。制御変数は残留濃度 Cr
および反応器の温度 Tr
であり、操作変数は反応器の冷却被覆を循環する冷却水の温度 Tc
です。
open_system('rct_CSTR_OL')
8.57 kmol/m^3 の残留濃度から遷移して、最初に 2 kmol/m^3 まで下げます。プロセス ダイナミクスが残留濃度 Cr
に伴って変化する様子を理解するには、8.57 から 2 の間の Cr
の 5 つの値について平衡条件を求め、各平衡のプロセス ダイナミクスを線形化します。各平衡点における反応器と冷却水の温度をログに記録します。
CrEQ = linspace(8.57,2,5)'; % concentrations TrEQ = zeros(5,1); % reactor temperatures TcEQ = zeros(5,1); % coolant temperatures % Specify trim conditions opspec = operspec('rct_CSTR_OL',5); for k=1:5 % Set desired residual concentration opspec(k).Outputs(1).y = CrEQ(k); opspec(k).Outputs(1).Known = true; end % Compute equilibrium condition and log corresponding temperatures [op,report] = findop('rct_CSTR_OL',opspec,... findopOptions('DisplayReport','off')); for k=1:5 TrEQ(k) = report(k).Outputs(2).y; TcEQ(k) = op(k).Inputs.u; end % Linearize process dynamics at trim conditions G = linearize('rct_CSTR_OL', 'rct_CSTR_OL/CSTR', op); G.InputName = {'Cf','Tf','Tc'}; G.OutputName = {'Cr','Tr'};
各平衡点における濃度の関数として反応器と冷却水の温度をプロットします。
subplot(311), plot(CrEQ,'b-*'), grid, title('Residual concentration'), ylabel('CrEQ') subplot(312), plot(TrEQ,'b-*'), grid, title('Reactor temperature'), ylabel('TrEQ') subplot(313), plot(TcEQ,'b-*'), grid, title('Coolant temperature'), ylabel('TcEQ')
開ループ制御戦略は、Cr
=8.57 と Cr
=2 の平衡間を滑らかに遷移するよう、上記の冷却水温度のプロファイルに従うことで構成されます。ただし、この戦略は、中間の範囲での反応は不安定であり、熱暴走を防ぐには適切に冷却しなければならないという事実によって失敗します。これは、上記で取り上げた 5 つの平衡点の線形化されたモデルの極を検査することで確認されます (5 つのモデルのうち 3 つが不安定)。
pole(G)
ans(:,:,1) = -0.5225 + 0.0000i -0.8952 + 0.0000i ans(:,:,2) = 0.1733 + 0.0000i -0.8866 + 0.0000i ans(:,:,3) = 0.5114 + 0.0000i -0.8229 + 0.0000i ans(:,:,4) = 0.0453 + 0.0000i -0.4991 + 0.0000i ans(:,:,5) = -1.1077 + 1.0901i -1.1077 - 1.0901i
ボード線図では、Cr
=8.57 から Cr
=2 に遷移する間の、プラント ダイナミクスにおける大きな変動がさらに強調表示されます。
clf, bode(G(:,'Tc'),{0.01,10})
フィードバック制御戦略
残留濃度を低下させながら熱暴走を防ぐには、フィードバック制御を使用して、残留濃度 Cr
と反応器温度 Tr
の測定値を基に冷却水温度 Tc
を調整します。このアプリケーションの場合、内側のループが反応器の温度を調整して外側のループが濃度の設定点を追従するカスケード制御のアーキテクチャを使用します。両方のフィードバック ループは 0.5 分のサンプリング周期のデジタルです。
open_system('rct_CSTR')
ターゲット濃度 Cref
は t=10 での 8.57 kmol/m^3 から t=36 での 2 kmol/m^3 へと低下します (遷移は 26 分間継続)。反応器の温度に対応するプロファイル Tref
は、平衡化解析から平衡値 TrEQ
を内挿することで取得されます。コントローラーは、Cr
=8.57 の場合の初期平衡値 TcEQ(1)
=297.98 に対して、冷却水温度調整 dTc
を計算します。最初は、"Concentration controller" ブロックの出力 TrSP
が反応器の温度に一致して、調整 dTc
はゼロであり、冷却水温度 Tc
が平衡値 TcEQ(1)
となるようにモデルが設定されることに注意してください。
clf t = [0 10:36 45]; C = interp1([0 10 36 45],[8.57 8.57 2 2],t); subplot(211), plot(t,C), grid, set(gca,'ylim',[0 10]) title('Target residual concentration'), ylabel('Cref') subplot(212), plot(t,interp1(CrEQ,TrEQ,C)) title('Corresponding reactor temperature at equilibrium'), ylabel('Tref'), grid
制御目的
TuningGoal
オブジェクトを使用して設計要件を取得します。まず、Cr
は約 5 分の応答時間で設定点の Cref
に従う必要があります。
R1 = TuningGoal.Tracking('Cref','Cr',5);
内側のループ (温度) は、必要に足るダンピングと十分に速い減衰によって反応のダイナミクスを安定させる必要があります。
MinDecay = 0.2; MinDamping = 0.5; % Constrain closed-loop poles of inner loop with the outer loop open R2 = TuningGoal.Poles('Tc',MinDecay,MinDamping); R2.Openings = 'TrSP';
コントローラー出力での Rate Limit ブロックは、冷却水温度 Tc
が 1 分間に 10 度を超える速さで変化できないことを指定します。これはコントローラーの影響力に対する深刻な制限であり、これが無視されると性能の低下や不安定を招きかねません。このレート制限を考慮するために、0.25 kmol/m^3/min で変化する Cref
を観察します。Tc
が 10 度/分を超える速さで変化しないようにするには、Cref
から Tc
へのゲインは 10/0.25=40 未満である必要があります。
R3 = TuningGoal.Gain('Cref','Tc',40);
最後に、プラント入力 Tc
において少なくとも 7 dB のゲイン余裕と 45 度の位相余裕が必要です。
R4 = TuningGoal.Margins('Tc',7,45);
ゲイン スケジュール コントローラー
これらの要件を達成するには、PI コントローラーを外側のループで、進み補償器を内側のループで使用します。サンプリング レートが遅いため、中間範囲の濃度 Cr
= 5.28 kmol/m^3/min での化学反応を適切に安定化させるための進み補償器が必要です。反応のダイナミクスは濃度によって大幅に変化するため、コントローラー ゲインを濃度の関数としてさらにスケジュールします。図 1 および図 2 に示すように、これは Lookup Table ブロックを使用して Simulink でモデル化されます。
図 1: 濃度ループのゲイン スケジュール PI コントローラー
図 2: 温度ループのゲイン スケジュール進み補償器
このゲイン スケジュール コントローラーの調整は、濃度値の範囲でのルックアップ テーブル データの調整に相当します。個々のルックアップ テーブルのエントリを調整するのではなく、コントローラー ゲイン Kp,Ki,Kt,a,b
を、たとえば Cr
の二次多項式としてパラメーター化します。
調整する変数の数が減るだけでなく、この方法によって Cr
の変動に従う滑らかなゲイン遷移が確保されます。systune
を使用して、上で計算された 5 つの平衡点において要件 R1-R4
を満たすように、係数 を自動的に調整できます。これは、Cref
の軌跡に沿った 5 つの設計点におけるゲイン スケジュール コントローラーの調整に相当します。tunableSurface
オブジェクトを使用して、各ゲインを Cr
の二次関数としてパラメーター化します。"調整グリッド" は 5 つの濃度 CrEQ
に対して設定され、二次パラメーター化の基底関数は です。大部分のゲインは完全に同じようにゼロに初期化されています。
TuningGrid = struct('Cr',CrEQ); ShapeFcn = @(Cr) [Cr , Cr^2]; Kp = tunableSurface('Kp', 0, TuningGrid, ShapeFcn); Ki = tunableSurface('Ki', -2, TuningGrid, ShapeFcn); Kt = tunableSurface('Kt', 0, TuningGrid, ShapeFcn); a = tunableSurface('a', 0, TuningGrid, ShapeFcn); b = tunableSurface('b', 0, TuningGrid, ShapeFcn);
コントローラーの調整
ターゲットの帯域幅がナイキスト周波数の 1 decade 内に収まっているため、コントローラーを離散領域内で直接調整するのは簡単です。サンプル時間が 0.5 分の線形化プロセス ダイナミクスを離散化します。デジタル コントローラーが連続時間プラントと通信を行う方法を反映するために、ZOH メソッドを使用します。
Ts = 0.5; Gd = c2d(G,Ts);
上記で導入された二次ゲイン スケジュールの調整のために、slTuner
インターフェイスを作成します。ブロック置換を使用して、非線形プラント モデルを、設計点 CrEQ
で取得した 5 つの離散化線形モデル Gd
に置き換えます。setBlockParam
を使用して、調整可能なゲイン関数 Kp
、Ki
、Kt
、a
、b
を同名の Lookup Table ブロックに関連付けます。
BlockSubs = struct('Name','rct_CSTR/CSTR','Value',Gd); ST0 = slTuner('rct_CSTR',{'Kp','Ki','Kt','a','b'},BlockSubs); ST0.Ts = Ts; % sample time for tuning % Register points of interest ST0.addPoint({'Cref','Cr','Tr','TrSP','Tc'}) % Parameterize look-up table blocks ST0.setBlockParam('Kp',Kp); ST0.setBlockParam('Ki',Ki); ST0.setBlockParam('Kt',Kt); ST0.setBlockParam('a',a); ST0.setBlockParam('b',b);
ここで systune
を使用して、要件 R1-R4
に対しコントローラー係数を調整できます。安定余裕要件を厳密な制約にして、残りの要件を最適化します。
ST = systune(ST0,[R1 R2 R3],R4);
Final: Soft = 1.23, Hard = 0.99888, Iterations = 214
結果の設計は厳密な制約を満たし (Hard<1
)、残りの要件をほぼ満たします (1 に近い Soft
)。この設計を検証するには、Cref
と同じ勾配をもつ濃度の変化に対する応答をシミュレートします。各プロットは、5 つの設計点 CrEQ
における線形応答を示します。
t = 0:Ts:20; uC = interp1([0 2 5 20],(-0.25)*[0 0 3 3],t); subplot(211), lsim(getIOTransfer(ST,'Cref','Cr'),uC) grid, set(gca,'ylim',[-1.5 0.5]), title('Residual concentration') subplot(212), lsim(getIOTransfer(ST,'Cref','Tc'),uC) grid, title('Coolant temperature variation')
冷却水温度の変化率は、物理的制約の範囲内に収まっていることに注意してください (1 分あたり 10 度またはサンプル周期あたり 5 度)。
コントローラーの検証
遷移中に各ゲインが Cr
とともにどのように変動するかを検査します。
% Access tuned gain schedules TGS = getBlockParam(ST); % Plot gain profiles clf subplot(321), viewSurf(TGS.Kp), ylabel('Kp') subplot(322), viewSurf(TGS.Ki), ylabel('Ki') subplot(323), viewSurf(TGS.Kt), ylabel('Kt') subplot(324), viewSurf(TGS.a), ylabel('a') subplot(325), viewSurf(TGS.b), ylabel('b')
Simulink でゲイン スケジュール コントローラーを検証するには、まず writeBlockValue
を使用して、調整結果を Simulink モデルに適用します。各 Lookup Table ブロックについて、これはテーブルのブレークポイントの対応する 2 次ゲインの式を評価して、テーブル データを適宜更新します。
writeBlockValue(ST)
次に [再生] ボタンを押して、調整後のゲイン スケジュールによる応答をシミュレートします。シミュレーション結果を図 3 に示します。ゲイン スケジュール コントローラーは、応答時間が適切でレート制限の飽和がない遷移によって反応を正常に促進します (コントローラー出力 du
は有効な温度変動 dTc
と一致)。反応器の温度がその平衡値 Tref
の近くに留まることから、コントローラーが熱暴走を防ぎつつ、平衡付近の反応を維持していることが示されます。
図 3: ゲイン スケジュール カスケード コントローラーによる遷移。
MATLAB でのコントローラーの調整
あるいは、slTuner
インターフェイスを使用せずに MATLAB で直接ゲイン スケジュールを調整することができます。最初に、上記で行ったようにゲインを Cr
の二次関数としてパラメーター化します。
TuningGrid = struct('Cr',CrEQ); ShapeFcn = @(Cr) [Cr , Cr^2]; Kp = tunableSurface('Kp', 0, TuningGrid, ShapeFcn); Ki = tunableSurface('Ki', -2, TuningGrid, ShapeFcn); Kt = tunableSurface('Kt', 0, TuningGrid, ShapeFcn); a = tunableSurface('a', 0, TuningGrid, ShapeFcn); b = tunableSurface('b', 0, TuningGrid, ShapeFcn);
これらのゲインを使用して PI コントローラーおよびリード コントローラーを作成します。
PI = pid(Kp,Ki,'Ts',Ts,'TimeUnit','min'); PI.u = 'ECr'; PI.y = 'TrSP'; LEAD = Kt * tf([1 -a],[1 -b],Ts,'TimeUnit','min'); LEAD.u = 'ETr'; LEAD.y = 'Tc';
connect
を使用して、5 つの設計点において制御システム全体の閉ループ モデルを作成します。コントローラー出力 TrSP
および Tc
を "解析ポイント" としてマークし、これらの位置でループが開かれ、安定余裕が評価されるようにします。閉ループ モデル T0
は、Kp,Ki,Kt,a,b
の調整可能な係数によって変わる、線形モデルの 5 行 1 列の配列です。各モデルは離散しており、30 秒ごとにサンプリングされます。
Gd.TimeUnit = 'min'; S1 = sumblk('ECr = Cref - Cr'); S2 = sumblk('ETr = TrSP - Tr'); T0 = connect(Gd(:,'Tc'),LEAD,PI,S1,S2,'Cref','Cr',{'TrSP','Tc'});
最後に、systune
を使用してゲイン スケジュール係数を調整します。
T = systune(T0,[R1 R2 R3],R4);
Final: Soft = 1.22, Hard = 0.99952, Iterations = 226
結果は、上記で取得されたものと同様です。T
の調整後の係数を使用して Cr
の関数としてゲインをプロットすることで確認します。
clf subplot(321), viewSurf(setBlockValue(Kp,T)), ylabel('Kp') subplot(322), viewSurf(setBlockValue(Ki,T)), ylabel('Ki') subplot(323), viewSurf(setBlockValue(Kt,T)), ylabel('Kt') subplot(324), viewSurf(setBlockValue(a,T)), ylabel('a') subplot(325), viewSurf(setBlockValue(b,T)), ylabel('b')
各設計点において線形応答をシミュレーションすることで設計をさらに検証できます。ただし、Simulink に戻り、ゲイン スケジュール コントローラーの非線形応答をシミュレーションする必要があります。
参考
slTuner
(Simulink Control Design) | tunableSurface
| setBlockParam
(Simulink Control Design)