リモコンカー、VR、触覚フィードバックにより自動車工学を変革

工学部の学生が小型実験車両でアルゴリズムをテスト


自動車工学の研究に関して、教室で体験できることには限界があります。しかし、実車でテストするには、テストコース用の広大な敷地や車両への巨額の投資が必要です。さらに、テスト中の車両は事故の危険と常に隣り合わせです。そのため、多くの工学プログラムでは、業界で働くのに必要なレベルの実践的な経験を学生に提供できていません。

ハンブルク応用科学大学 (HAW Hamburg) は、学生たちにこうした実践的な経験を積むための道を開きました。同大学の自動車・航空工学部は、小型リモコン (RC) カーに着目しました。RC カーは高度なプログラミングが可能で、動作も実車と同様です。学生たちは RC カーをプログラミングし、ハンドルとペダル付きのコンソールを使ってテスト走行させます。RC カーが研究室内のミニチュアコースを走る様子は、大きな画面上で、または VR のヘッドセットを使って、ドライバーの視点から確認できます。

このプロジェクトの発端は、ある学生が自動車・航空工学部の Dirk Engel 教授に、RC カーを研究に利用できないかと尋ねたことでした。実験の結果、Engel 教授と学部の責任者は、RC カーが優れた教材になりうると判断し、Automotive Development in 1: x (AUDEx) プロジェクトを立ち上げました。

「AUDEx プロジェクトは成長を続けています。関心を持ち、自身のアイデアを持ち寄ってくれる学生が増えているからです」と、Engel 教授は語ります。「プロジェクトはたいていの場合、このように学生主導のアイデアに基づいています。」

実験には実車を用いることもありますが、AUDEx ではテストサイトでの実践的な経験を積むことができます。こうした RC カーは 8 分の 1 サイズとはいえ、スプリングやダンパー、シャシーのジオメトリ、重量配分などを調整できるなど、テスト環境において重要な機能を数多く備えています。学生たちは小型実験車両を使って、レーン アシスト システム、パーキングセンサー、自動運転機能などに使用されるアルゴリズムの開発やテストを行いながら、開発全体のワークフローを体験できます。

AUDEx の RC カーはカメラ、マイクロ コントローラー、センサー、アクチュエーターを搭載しており、リアルなテスト運転を体感できる高度なドライバーインザループ システムにデータを送ります。この運転シミュレーターは、触覚フィードバック機能付きのハンドル、8 自由度モーションシステム搭載のシート、モーション プラットフォームなどを備えています。精密なゲーム機器のようにも見えるこうした各部がすべて連携して、運転の感覚を再現します。

カスタマイズ可能な RC カーと、それを制御し、テストするための MATLAB や Simulink といったツールを活用しながら、ハンブルク応用科学大学の教授陣は、学生たちが自分で解決すべき現実世界の課題を割り当てることができます。

上段: それぞれ Race Pilot、Test Pilot、Autonomous Pilot と名付けられた RC カーの 3 つの例。下段: 車両のリア部にパワーハブ、フロント部にセンサーハブが取り付けられたリモコンカー。

高度なプログラミングが可能なリモコンカーを使用して、学生に実践的な経験を提供。(画像著作権: Hamburg University of Applied Sciences)

ビデオの長さ 0:26

AUDEx 学生プログラムで使用される 8 分の 1 スケールのリモコンカー。VR と触覚フィードバックを使用した運転シミュレーターでテスト運転を行う。(動画著作権: Hamburg University of Applied Sciences)

「エンジニアにとってはまるで大きな遊び場です」と、Engel 教授は語ります。

AUDEx プロジェクトとその他大部分の自動車工学プログラムの違いは、こうした自由度の高さにあります。他のプログラムは、準備を整えたラボでの研究に偏りがちだからです。そうしたプログラムでは、学生たちはしっかりと系統立った解答のある課題に取り組みますが、それは自動車開発産業の実際の進め方とは異なります。カスタマイズ可能な RC カーと、それを制御し、テストするための MATLAB ® や Simulink ® といったツールを活用しながら、ハンブルク応用科学大学の教授陣は、学生たちが自分で解決すべき現実世界の課題を割り当てることができます。

「これは単なる純粋理論ではありません」と、Engel 教授は語ります。「応用科学を扱う大学として、私たちは実践的でなければなりません。」

RC カーをプログラミング

昨今の自動車に内蔵されるコンピューターチップの数は、最大で 3,000 個に及ぶと推計されています。つまり、今日の自動車エンジニアは、プログラマーの役割も果たさなければなりません。このことは AUDEx のカリキュラムにも反映されています。学生は 1 年次に MATLAB を学習し、残りの 3 年間の基礎としてプログラミング環境に慣れるのです。 

研究分野にもよりますが、学生たちは多数の MATLAB 製品、Simulink 製品に触れることになります。「私たちはタスクに応じてさまざまなツールボックスを使い分けています」と Engel 教授は述べています。

サスペンション システムの設計コースで学生たちが学ぶのは、Control System Toolbox™ の使い方です。振動理論のクラスでは、Signal Processing Toolbox™ を使ってスキルを身に付けます。タイヤ使用のモデル化には Vehicle Dynamics Blockset™ を、RC カーのマイクロコントローラーとマイクロコンピューターにコードを展開するには、Simulink 環境で Simscape™ を使用します。 

Vehicle Lab というコースでは、実車を使って 6 通りの実験を行います。大学側はこの車両に管理技術を搭載し、データを生成します。学生たちはプロジェクトに応じて MATLAB や専用ツールボックスを使いながら、このデータを処理しています。

自動車メーカーの多くは AUDEx プロジェクトと同じようなドライバーインザループのセットアップを採用しているため、こうした独自のプログラミングスキルは、卒業生が最初の就職先を見つけるのに役立ちます。

バッテリーが電圧テスト装置に接続され、結果が 2 枚のコンピューター画面に表示されている。

放電中に RC カーのバッテリーから供給される電圧をテストする実験用装置。結果として得られる値は、バッテリーモデルの改良に使用されました。(画像著作権: Hamburg University of Applied Sciences)

AUDEx プロジェクトはまた、学生たちが電気自動車や自動運転といった先駆的な研究分野で活躍するチャンスも提供しています。RC カーは電動式なので、電気自動車を専門にしたいと考える学生にとっては、またとない学習の機会になります。学生たちは MATLAB と ThingSpeak™ でバッテリーの健全性を監視し、Simscape Battery™ でバッテリー使用のモデル化を行います。自動運転に取り組む学生たちは Deep Learning Toolbox™ を使って、車両に無人走行の方法を学習させています。

バッテリー温度をモデル化するために、Simscape で作成した単純な熱モデル。

この Simscape バッテリーモデルは、バッテリーテストにより最適化されました。このモデルに関する詳細は、リチウム電池セルの例をご覧ください。

もう 1 つ、AUDEx は一元管理によるナレッジベースを通じて、学生たちの成功を助けています。毎年更新されるこのナレッジベースは、知識を学生から学生へ伝達していくのに役立ちます。学生の中には、修士号を得るために戻り、3 年間のプログラムを終えたあともナレッジベースに貢献を続ける人もいます。つまり、そうした学生にとっては専門分野を深く掘り下げる時間が増え、さまざまなツールボックスに触れる機会も多くなるということです。

「学生たちは好みのツールや関心のある研究分野を選択しています」と、Engel 教授は語ります。「学生たちが打ち込める対象はいくらでもあるのです。」

プログラムの最終学期に行われる Engel 教授のクラスでは、学生たちは Simulink とさまざまなツールを組み合わせて、ラピッド コントロール プロトタイピングや、ソフトウェアインザループまたはハードウェアインザループによるテストといったテーマを掘り下げます。たとえば、この研究室には Speedgoat® のハードウェアと Simulink のモデリング機能を搭載した 14 分の 1 スケールの自動運転トラックがあります。

しかし、学生たちは車両をプログラミングするだけではありません。ドライバーインザループのセットアップもプログラムし、バーチャル車両を使ってモーション プラットフォームの制御性能を高めています。自動車メーカーの多くは AUDEx プロジェクトと同じようなドライバーインザループのセットアップを採用しているため、こうした独自のプログラミングスキルは、卒業生が最初の就職先を見つけるのに役立ちます。

トレーラートラックの小型化モデル。Speedgoat の箱と機器がトラックの前に置いてある。

学生たちは、Speedgoat のハードウェアを搭載したこの 14 分の 1 スケールの Scania 自動運転トラックのような、各種のツールや設備を使用できます。(画像著作権: Hamburg University of Applied Sciences)

学生からエンジニアへ

Engel 教授の推計によれば、学生の 99% は学位を得てから自動車業界に就職するといいます。大手自動車メーカーからタイヤメーカーまで、採用企業はハンブルク応用科学大学の卒業生が自動車開発の全ワークフローを経験してきたことを知っています。

AUDEx には、業界への強力なコネクションもあります。自動車およびトラック業界では、世界中の OEM 企業が工学的な問題についてのプログラムに取り組み、同大学のドライバーインザループのセットアップに関するアイデアをテストしているのです。さまざまな企業が AUDEx 出身の学生を採用してきました。Christoph Olbrich もその一人で、AUDEx のプログラムを履修しており、博士課程を続けながら、そうした OEM 企業の 1 つに就職する予定です。彼の学部時代の研究対象は主に、運用負荷シミュレーションのための機械学習を利用した信号処理を MATLAB を使って行うことでした。

「小さな RC カーをからかう人もいましたが、電気自動車や自動運転車の未来を形作るうえで、私たちがこうした小さな車を使ってどれだけ貢献しているかを説明すれば、理解してもらえるのです。」

自身のプロジェクトにおいて、リモコンカーは車両全体の開発に取り組むうえで優れた代替品だったと、Olbrich 氏は語ります。AUDEx の外に出れば「学校でおもちゃをいじっている」とからかう人もいましたが、それは革新的な研究について話す絶好の機会だったと考えています。

「小さな RC カーをからかう人もいましたが、電気自動車や自動運転車の未来を形作るうえで、私たちがこうした小さな車を使ってどれだけ貢献しているかを説明し、プロジェクトの目的を明かせば、理解してもらえるのです」と、Olbrich 氏は述べています。


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