電気学会が電力システムの需給シミュレーションのベンチマーク モデルを開発

「AGC30 モデルのユーザーとして想定される大学、電力会社、各業界のリーダーなど、様々なグループと協力して調査を行いました。使いやすいシミュレーション環境を尋ねると、大半が MATLAB および Simulink と答えたのです。」

課題

日本国内全体に向けた電力システム コントローラーの設計やシミュレーション用の標準プラットフォームを構築

ソリューション

MATLAB と Simulink を使用して、電力システムのデータ分析、発電および制御システムのモデル開発、制御設計を評価するためのシミュレーションを実行

結果

  • モデルの開発時間を短縮
  • 改良型周波数制御手法の開発
  • 可能となった客観的なコントローラー評価
Solar panels and wind turbines.

安定的に電力を供給する従来の発電所と異なり、風力タービンやソーラー パネルが供給する電力量のレベルは 1 日を通して変化します。このような再生可能エネルギーによる電源をより広範な電力システムに大量に接続すれば、1 日を通した供給量の変化が周波数変動につながり、安定な電力供給を維持することが難しくなる場合もあります。

電力の周波数や需給バランスを調整するため、研究機関や電力会社では、しばしば独自のモデルを使用した制御手法や需給シナリオのシミュレーションを行っています。電気学会 (IEEJ) は、日本を代表する大学や電力会社、重電メーカーの研究グループからなる委員会を設置し、経済的および技術的研究のための共通基盤を提供しています。この委員会は、MATLAB® と Simulink® をベースとした、電力シミュレーションと制御設計のための共有プラットフォーム、AGC30 を開発しました。

この委員会のメンバーであり、横浜国立大学の准教授を務める辻隆男氏はこう述べています。「これまでは各研究機関がそれぞれ独自のモデルを用意していました。AGC30 により、そのようなモデルが Simulink ベースの共有インフラストラクチャに統合され、制御結果を客観的に比較して、新しく開発された制御ブロックと交換できるようになりました。」

課題

委員会に参加している 20 以上の団体は 2 つのワーキング グループに分けられました。1 つ目の横浜国立大学が率いるグループは、適切なモデリングとシミュレーション環境を選択するために、委員会メンバーのニーズを調査しました。選択条件には、メンバー団体がどれだけ大規模に特定の環境を使用しているか、また、その環境内で、どれだけ簡単に電力システム モデルを作り、変更し、共有できるかということが含まれました。また、このワーキング グループは、時系列での太陽光および風力発電データなど、電力システムモデルで役立てることができる過去の電力需給データの収集と分析も担いました。

2 つ目のワーキング グループは、複数のコントローラーと 30 の発電コンポーネントを含む AGC30 モデルを開発しました。2 年以内に完成させるというプロジェクトの厳しいタイムラインを考えると、ソルバーの開発やデバッグよりも、モデルの構築に注力し、正確にシミュレーションを行えるようにする必要がありました。

ソリューション

委員会のワーキング グループは MATLAB と Simulink を使用して、AGC30 モデルを開発し、シミュレーションを実行して実装されたコントローラーの関する評価や検証を行いました。

MATLAB では、研究者が、国内 10 の地域にわたり、太陽光および風力発電所の測定値を分析し、天候に関連する電力のバラつきを特定しました。また、このデータ分析結果を、24 時間測定した時系列データから太陽光および風力の予想電力を計算する Simulink ブロックに取り入れました。Simulink の電力需要モデルは、測定された負荷の時系列データに基づいて開発されました。

ワーキング グループは、公開されている研究結果から派生した数学モデルを基に LNG や他の従来型発電システム向けのモデルを構築しました。

また、負荷周波数制御 (LFC) コンポーネントと経済的負荷配分 (ELD) 制御コンポーネントという 2 つの主要制御モジュールを設計しました。

LFC では、電力システムの周波数や連系線潮流データに基づいて AGC30 モデル内の様々な発電コンポーネントに出力制御指令を伝えることで、電力供給網全体の周波数を調整する Simulink ブロックを作成しました。

ELD では、短期的な需要予測と再生可能エネルギーの発電予測に基づいて発電コストを最適化する MATLAB スクリプトを記述し、AGC30 モデルに取り込みました。

研究者は AGC30 モデルをフル活用して、再生可能エネルギー電源普及時のシミュレーションや周波数制御メソッドの評価、バッテリー ストレージ追加の実現性など、大規模なシミュレーションを実行しました。

また、MATLAB を使用して、各発電機における周波数と出力 (通常 0.1 秒間隔 3 時間単位) を含むシミュレーション結果を分析および視覚化しました。

IEEJ は元々のプロジェクトに参加していない研究者やエンジニアが独自のシミュレーションや研究を行えるよう、AGC30 モデルの CD-ROM と 4 つのユース ケースを想定したサンプル データを有償にて公開しました。

結果

  • モデルの開発時間を短縮。辻准教授は次のように述べています。「C++ のような言語を使用して独自のソルバーをプログラミングするのではなく、Simulink を使用したことにより、工数を大幅に抑制することができ、研究者の効率を上げることができました。また、Simulink により、研究者が、シミュレーションを行っている電力システムのモデルを簡単に変更、増強できるようになったことも大きなメリットの 1 つです。」
  • 改良型周波数制御手法の開発。辻准教授は次のように述べています。「修士課程や博士課程の学生グループは AGC モデルを使用して、Simulink に新しい慣性応答制御ブロックを開発しました。この制御手法を使用すると、例えば、風車の回転速度を低下させながら発電出力を増加して周波数低下を防ぐ「慣性応答制御」の有効性が試験でき、周波数の適正化に貢献できる結果を得られました。」
  • 客観的なコントローラーの評価が可能。辻准教授は、次のようにも述べています。「これまで、新しい制御アルゴリズムを客観的に評価することは困難でした。AGC30 モデルを Simulink で標準化し、ベンチマークとして使用することで、主観性を排除して新しいコントローラーを客観的かつ定量的に評価できるようになり、技術的な研究も経済的な研究も行えるようになりました。」