技術情報

モデルベースデザインで EV バッテリーシステムの性能を最適化

著者 ミラノ工科大学 Matteo Geraci 氏、Marco Giuffredi 氏、Mattia Ambrosini 氏


「シミュレーションベースのアプローチにより、車両を安全な動作の限界に近づけると同時に、レースエンジニアにシステムの動作に関する詳細な情報を提供することができました。最終的に、それは私たちの車両の性能を向上させる上で重要な役割を果たし、昨年の大会でイタリアの学生チームの中でトップの成績を収めることができました。」

毎年、世界中の大学の学生チームが高性能電気自動車を設計・作成してレースを競う国際エンジニアリング コンテスト Formula SAE Electric に参加しています。このコンテストは学習と革新のための体系的な環境を提供しますが、技術的な課題は決して机上のものではありません。エネルギー効率の最大化からドライバーの安全の確保まで、学生が直面するエンジニアリング上の問題は、実際の自動車開発の現場でも見られます。

ミラノ工科大学の Formula SAE チームであるDynamis PRCにおいて、バッテリーの性能は車両全体の性能において極めて重要な役割を果たします (図 1)。電気自動車業界の多くのエンジニアと同様に、私たちはエネルギーの使用を最適化し、熱負荷を管理し、厳格な安全性と性能の制限内に留めなければなりません。たとえば、重要な競争上の制約により、バッテリーシステムの電力出力は 80 kW に制限されます。この制約には、特に夏季の高速レースの需要や長時間にわたる熱応力も相まって、瞬間的な出力と長期的な出力の両方を管理できる高度なバッテリー マネジメント システム (BMS) が求められます。BMS アルゴリズムの開発は、特にバッテリーシステムの正確なモデルがないチームにとって大きな課題となります。

ドライバーは、パイロンで塞がれたレーストラックの空き区間で、Dynamis PRC の Formula SAE 用車両をテストしています。

図 1. Dynamis PRC の Formula SAE 用車両

私たちは、MATLAB®、Simulink®、Simscape Battery™ を活用したモデルベースデザインのワークフローを通じて、こうした課題の解決に取り組みました。バッテリーシステムの詳細な電気・熱モデルを開発することで、その動作特性をより深く理解し、車両の BMS の一部として実装された出力制限アルゴリズムを改善することができました。このアルゴリズムは、規定の制限内に収まるように一歩先を読んで必要な出力を推定するだけでなく、耐久レース中の熱条件も考慮します。シミュレーション ベースのアプローチにより、車両を安全な動作の限界に近づけると同時に、レースエンジニアにシステムの動作に関する詳細な情報を提供することができました。最終的に、それは私たちの車両の性能を向上させる上で重要な役割を果たし、昨年の大会でイタリアの学生チームの中でトップの成績を収めることができました。

動機と方法論

Dynamis PRC における BMS 開発の目標は、車両のバッテリーシステム、または Formula SAE で一般的に呼ばれている名称「アキュムレーター」の性能を最大限に高めることに重点を置いています。主な目的は、車両の出力とエネルギー効率に直接影響を与える充電状態 (SOC) を含むアキュムレーターの状態を監視して管理することです。BMS の 2 つのコア要素 (どちらもモデルベース デザインを使用して開発) は、バッテリーシステムの状態を推定する適応型拡張カルマン フィルター (AEKF) と、リアルタイムで動作する出力制限装置です。これにより、性能を犠牲にすることなく、ルールで規定された安全な制限内で車両が動作できるようになります (図 2)。

異なるセクションを含むフローチャート。各セクションには、BMS ワークフローを構成するプロセスが示されています。

図 2. 出力制限装置を含む BMS モデルの全体像。

私たちは、構造化されたミクロからマクロまでのアプローチを採用しています。まず正確なセルモデルの開発から始め、次にバッテリーシステム全体とその熱特性のモデリングへと進みます。モデリングプロセスには、物理的なテストによるデータの収集、それに続くモデルのパラメーター化と検証が含まれます。Simulink での AEKF と出力制限アルゴリズムの開発は、私たちが行うモデリングとシミュレーションを基に進められています。

セルモデルの作成、パラメーター化、検証

代表的なセルモデルを開発するために、まず、さまざまな温度範囲で実施された開回路電圧テストやハイブリッド パルス電力特性 (HPPC) テストなどのハードウェア テストを通じて収集されたデータから始めました (図 3)。テストの後、測定データを MATLAB でクリーニングして、解析・可視化しました。これらのテストと、それらのテストの結果から生成した散布図により、瞬間直列抵抗 R₀ が温度と SOC によってどのように変化するかについての知見が得られます (図 4)。

テストセルの電圧、温度、電流の各プロファイルを経時的に示す 3 つの積み上げ折れ線グラフ。

図 3. HPPC テスト中の電圧と温度のグラフ。

図 4. R₀ が温度と SOC によってどのように変化するかを示す散布図。

次に、私たちは 2 つの回路モデリング手法を検討しました。1 つはよりシンプルな 1 極モデル、もう 1 つはより表現力の高い 2 極モデルです。後者は 2 つの抵抗器とコンデンサー (RC) のペアで構成されており、はるかに高い忠実度で動作の再現が可能です。Optimization Toolbox™ を使用して、時間領域データを指数減衰関数に当てはめ、2 極構成の R₁、R₂、τ₁、τ₂ (τ=RC) を抽出します。指数近似の結果から、2 極モデルの方が正確であることが明確に示されたため、これをさらなるシミュレーションの基礎として選択しました。次に、Curve Fitting Toolbox™ を使用して、温度と SOC の関数として R₀ の平滑化した 3D 曲面近似を作成し、R₁、R₂、τ₁、τ₂ についても同様の曲面を作成しました (図 5)。その後、これらの平滑化した曲面を Simscape™ モデルと AEKF のルックアップテーブル (LUT) として使用し、さまざまな動作条件にわたりモデルパラメーターを効率的にリアルタイムで推定できるようになりました。

バッテリーの SOC と温度が R₀、R₁、R₂、τ₁、τ₂ の各パラメーターにどのように影響するかを示す 4 つの 3D 曲面プロット。

図 5. R₀、R₁、R₂、τ₁、τ₂ が温度と SOC によってどのように変化するかを示す 3D 曲面。

近似段階で生成されたルックアップテーブルから取得したモデルパラメーターを使用して、Simulink で検証を実行しました。開ループ シミュレーションでは、電流が唯一の入力として使用され、電圧のシミュレーション出力が HPPC テスト データと直接比較されました。このモデルは正確で、平均電圧誤差はわずか 4.5 mV (0.1%) でした。この誤差のほとんどはシミュレーションの終わり近くに発生しました。これは、モデルがセルの容量をわずかに過小評価し、低い SOC で小さな電圧ドリフトが発生したためと考えられます (図 6)。

HPPC テストの測定電圧とシミュレーションされた電圧を時系列に沿って比較した 2 つのグラフ。

図 6. HPPC テストの測定電圧とシミュレーションされた電圧の比較。

Simscape と Simscape Battery によるバッテリーシステムのモデリング

セルレベルでの特性評価をバッテリーシステムモデル全体に拡張するために、Simscape と Simscape Battery を用いて、バッテリーパック内の 720 個のセルすべての電気と熱の挙動をモデル化しました。これらのセルは、5 つの並列ブランチにわたり各ブランチに 144 個のセルが直列に接続される構成となっています。

720 個のセルすべてを個別にシミュレーションするのは計算量的に不可能であるため、非対称の電流分布から生じる主要な非理想性を組み込みながら、並列の 5 つのうちの 1 つの直列ブランチに焦点を合わせました。この非理想的な動作は、母線と相互接続部の抵抗に起因し、5 つのブランチ間での電流の分配が不均一になります。特に、バッテリーシステムの端子コネクタに物理的に最も近い最初のブランチでは、その位置と母線の抵抗により、より大きな電圧降下が発生します。出力制限アルゴリズムでは、セルの電圧安全制限 (2~4.25 V) を超えないようにするために、セルの電圧を電流の関数として予測することが重要であるため、このブランチはシミュレーションに最も重要であると判断しました。基本的に、出力制限アルゴリズムの SOC 推定はこのブランチに基づいて行われ、電圧降下により、5 つの中で最悪ケースの性能を表します。

Simscape を使用して、バッテリーパックの電気特性と熱特性を同時にシミュレーションできるモデルを開発しました。まず最初に、144 個のセルからなる直列ブランチ全体を表現する CellModel_battery ブロックを作成しました。このブロックには、以前の近似作業から派生させた温度 と SOC に依存する値に基づくルックアップテーブルが組み込まれています (図7)。次に、これらのブランチレベルのブロックを 5 つ組み合わせて、完全な並列構成を表現しました (図 8)。

図 7. 1 つの並列ブランチの電気と熱の特性をシミュレーションする Simscape モデル。

5 つの並列ブランチがあるバッテリーパックの電気・熱モデルを表現した Simscape モデル。

図 8. 5 つの並列ブランチがあるバッテリーパックの電気・熱モデル。

このモデリング手法により、バッテリーシステム内の不均一な電流分布をより深く理解し、特に最もストレスのかかる直列ブランチにおいて電圧の動特性にどのように影響するか観察できるようになりました。シミュレーション出力とオートクロス イベント中にトラック上の車両から取得した測定出力を比較したところ、モデルが非常に正確であることが証明されました (図 9)。さらに、冷却要件とブランチ間の熱結合に関する重要な知見も得ることができました。

トラックテストにおける車両のバッテリーシステム電圧のシミュレーション値と測定値の比較グラフ。

図 9.トラック上でのテスト中に電流 (黒) が変動した際に取得された測定電圧 (青) と、シミュレーションされたバッテリーシステム電圧 (赤) の比較。

AEKF と出力制限装置の実装と展開

高精度の Simscape モデルは、バッテリーシステムの動的挙動の把握と特性評価を支援し、設計と検証の初期段階で的確な意思決定につながる情報の取得を可能にする重要な役割を果たしました。車両の STM32 マイクロコントローラーに出力制限アルゴリズムを展開するには、電力使用量を管理するための重要な入力である SOC を推定するための、より計算効率の高いソリューションが必要でした。Simulink で作業して、Simscape モデルに基づいて低次元状態空間モデルを開発し、それを組み込み展開用の AEKF として実装しました。この縮小モデルを検証するために、その SOC 推定値と、より複雑な Simscape モデルの SOC 推定値を比較し、その差が許容範囲内であることを確認しました。

Simulink で引き続き、SOC 推定、熱制限 (最大 60 °C)、競技ルールに基づいて最大許容電力を制限する出力制限アルゴリズムを開発しました (図 10)。

図 10. 出力制限装置の Simulink モデル。

以前は、モデル参照適応システム (MRAS) アルゴリズムに基づくものなど、より基本的なアプローチを使用していましたが、これは最近の耐久レースで問題があることが判明しました。AEKF は、MRAS アルゴリズムで見られたような大きな誤差の急増がなく、よりスムーズな SOC 推定値を提供しました (図 11)。両方のモデルの機能と統合を確認するために、AEKF と出力制限装置の閉ループ シミュレーションを実行しました。

EKF と MRAS の両手法における SOC 推定値の二乗誤差を示すグラフ。

図 11. EKF (青) と MRAS (赤) の各手法における SOC 推定値の二乗誤差。

モデルを検証した後、Embedded Coder® を使用して、STM32 マイクロコントローラー上に展開するための C コードを生成しました。最初の実装では、マイクロコントローラーの RAM の約 75% と ROM の約 20% が消費されました。データ型を double (64 ビット) から single (32 ビット) に変更して、ルックアップテーブルを簡略化し、Simulink でコード生成オプションを調整するなど、いくつかの最適化手法を適用した結果、メモリ使用量を RAM で 2% 未満、ROM で 3% 未満に削減できました。最適化されたコードを車両のマイクロコントローラーに展開することで、実際の運転条件でシステムを評価する広範なオントラックテストを開始する準備が整いました。

モデルベースデザインで切り拓く未来への道

MATLAB と Simulink を使用したモデルベース デザインは、実験セル データの分析から Simscape での個々のセルの正確なモデルの作成、パック全体の熱と電気の挙動のシミュレーション、そして最終的には堅牢な出力制限アルゴリズムの実装と展開まで、私たちのバッテリーシステム開発のあらゆる段階で中心的な役割を果たしました。

これまで、精度の低い SOC 推定手法による制約から、レースエンジニアはより保守的な走行戦略を取らざるを得ず、その結果、トラック上での性能が低下していました。今年は、検証済みのバッテリーモデルと、最適化された信頼性の高い出力制限アルゴリズムにより、自信を持って車両を最大限の性能に近づけることができました。モデリングと推定の改善により、レース結果が向上しただけでなく、実際の状況下でバッテリーシステムがどのように動作するかについて、より深く理解できるようになりました。

Dynamis PRC チームのメンバーの中には卒業する人もいますが、これまで築いてきた基盤をもとに、モデルの洗練やアルゴリズムの改良を重ね、さらなる車両性能の向上に取り組み続けるメンバーもいます。

公開年 2025