AI と IoT (Internet of Things) を活用して農作物の病害対策に挑む

IoT センサーがアフリカにおけるトウモロコシ生産量増加に貢献


トウモロコシは、降雨量の少ない環境下でも栽培が可能で、東アフリカ全域で干ばつが頻発するなか、多くの人々に食糧と収入を提供しています。農業はアフリカ大陸における GDP の 40% を占め、人口の 60% が農業に従事しています。農業生産力が変動すると、地域の経済力に大きな影響を及ぼします。

ルワンダ大学の ACEIoT (African Centre of Excellence in Internet of Things) で博士課程に在籍する Theofrida Maginga 氏は、トウモロコシが果たす 2 つの役割を次のように指摘します。「トウモロコシは食糧源であると同時に商業作物でもあります。トウモロコシは収入をもたらし、国内の食糧需要を満たしているのです。」

条件が揃えば、1 エーカーの土地から最大 1,800 kg のトウモロコシが収穫できるといいます。しかし、病害などの問題により、この地域における農家の 1 エーカー当たりの収量は平均 668 kg です。この著しい収量差は、こうした問題に緊急に対処できる革新的な解決策が必要であることを示しています。

ルワンダ大学の研究者は、機械学習と IoT (Internet of Things) センサーの機能を活用し、トウモロコシの病徴を検出するソリューションを開発しました。この斬新なソリューションによって、早期介入による収量の増加と、病害軽減に関連するコスト削減が可能になります。

このプロジェクトは、同地域における緊急の経済的課題に取り組むだけでなく、先端技術を他の分野にも応用する先駆的な道を切り拓くものでもあります。アフリカにおける農業分野の発展と技術の進歩を導くうえで有望な施策となっています。

病害の検出

農業従事者による罹病作物の発見は、手作業の外観検査に依存しています。この外観検査には長年の経験や専門家によるサポートが必要ですが、多くの農場は遠隔地にあるため、専門家に依頼するのは難しい状況です。特殊な装置でサンプルを採取して分析機関に送るという方法もありますが、コストも時間もかかります。そして、時間がかかることで、農作物への被害が増大する可能性があります。

このような課題が認識されたことから、ルワンダ大学の研究者はトウモロコシの病害検出を高速化するソリューションを模索することにしました。まず考えられたアプローチは、農作物を自動的に監視し、外観上の病徴を検出できるコンピューター ビジョン ソリューションを開発することでした。

Maginga 氏らが行った実験で、植物に外観上の病徴が現れるまでには 2 ~ 3 週間かかることが判明しました。こうした病徴が検出される頃には、病害は農地の広範囲に拡大しているおそれがあります。発見の遅れは大規模な農作物被害につながり、介入や対処のコストも増大させます。

「外観に病徴が出始める前に病害を検出できれば、農業従事者はより早く介入し始めることができます」と Maginga 氏は語ります。

開発チームは、外観に病徴が現れる前に発生する別の兆候がないかを調査しました。Maginga 氏は次のように述べています。「私たちは、植物が病原体に対抗する際に放出するガスを特定しました。人体の働きと似ています。ウイルスに感染すると発熱するようなものです。」

また、研究チームは、罹病の早期指標となりうるものとして、茎の超音波運動信号も利用しています。目標は、これらの信号に基づいて健全な作物と罹病作物を区別できる機械学習システムを構築することでした。外観に病徴が現れる前に、このシステムによって病害を検出できるのではないかという仮説を立てたのです。

Maginga 氏は次のように述べています。「センサーや IoT デバイスを使って病害を遠隔監視し、早期に警告を促すことができれば、より早く介入し始めることができるようになります。農業従事者は、普及指導員の支援がなくても、農地の対処を始められるようになります。」

「センサーや IoT デバイスを使って病害を遠隔監視し、早期に警告を促すことができれば、介入を速やかに開始できるようになります。」

トウモロコシ畑に立って、トウモロコシの茎を確認する男性。

現在、トウモロコシの病害検出作業は農業従事者が行っており、この作業では葉の外観検査に頼らざるを得ません。(画像著作権: Theofrida Maginga)

農地を研究室で再現

トウモロコシの初期の病徴を検出できる機械学習モデルを開発するため、研究者は健康な作物と罹病作物から学習データを収集する研究室を設置しました。一部の植物を罹病させ、経時的にパラメーターを測定して、モデルの学習用に時系列データを作成しました。チームが注目したのは、アフリカでよく見られる病害であり、トウモロコシに大きな被害を与えることで知られるトウモロコシすす紋病です。

「ThingSpeak を使用して、超音波センサーのデータを収集し、その変化をリアルタイムで監視しました。」

Maginga 氏は次のように述べています。「研究室で簡単に病原体を作ることができる病気を選択しました。トウモロコシすす紋病は、トウモロコシの収量を著しく低下させる傾向があります。大きな課題は、植物の外観に病徴が現れる前に、IoT センサーを使用してこれらの信号を測定することでした。」

研究者は 2 つの処置群を作り、それぞれに 4 品種のトウモロコシを組み入れました。対照群は、病原菌に接触していない植物です。試験群は、罹病植物で構成しました。別の研究室で病原体を培養し、適切な時期に試験植物を罹病させることで接種のプロセスを模倣しました。両群の植物に設置した IoT センサーでデータを収集しました。

Maginga 氏らは、超音波センサーを植物の近くに設置して植物の動作を監視し、NPK センサーを土に埋め込んで化学組成の変化を監視しました。ThingSpeak を使用して NPK データを収集、監視、可視化しました。(画像著作権: Theofrida Maginga)

Maginga 氏は次のように述べています。「収集されたデータから、経時的なパターンを確認し、健康な作物と罹病作物で揮発性有機化合物の放出やトウモロコシの超音波の動きが異なるかどうかを判断できました。」

トウモロコシから放出されるガスの監視には、揮発性有機化合物 (VOC) 空気質センサーを使用しました。超音波センサーを植物の近くに設置して植物の動作を監視し、NPK センサーを土に埋め込んで土中の窒素、リン、カリウムの変化を監視しました。

研究者は、IoT センサーデータの監視、収集、可視化用プラットフォームである ThingSpeak™ を使用しました。ThingSpeak には、クラウドサービスを通じてデータを直接遠隔監視するツールが用意されています。

Maginga 氏は次のように述べています。「ThingSpeak を使用して、超音波センサーのデータを収集し、その変化をリアルタイムで監視しました。ThingSpeak が収集したデータを使用してチームと共有できたことは、非常に良い経験でした。」

空気質センサーからのデータは、ローカルの SD カードに保存されました。また、NPK センサーのデータは、温室型研究室のローカル コンピューターに送信されました。

機械学習モデルの学習

データ収集の後、研究者は機械学習モデルの学習に着手しました。最初の探索的データ解析 (EDA) では、NPK センサーのデータを破棄することになりました。Maginga 氏は次のように説明します。「健康な作物と罹病作物の分類に利用できそうな特別なパターンは見つけることができませんでした。また、多くの電力も必要でした。」

そこで、空気質センサーと超音波センサーから収集したデータに注目しました。ウェーブレット変換を使用したデータの前処理後、それぞれのデータセットで個別に機械学習モデルを学習させました。超音波データには、長短記憶 (LSTM) ネットワークを使用しました。この種類のディープラーニング モデルは、シーケンシャルデータに対して特に有効です。Maginga 氏は、「データから異常を検出するようにネットワークを学習させることができました。」と語ります。

VOC センサーデータのパターンは大きく異なり、別の手法が必要でした。そこで、畳み込みニューラル ネットワーク (CNN) 層で拡張された LSTM ネットワークを選択しました。この組み合わせにより、モデルは時空間パターンを捉え、データをより詳細に解析できるようになりました。

「前処理手法を導入し、LSTM と CNN の 2 つの層を追加した後、モデルは健康な植物と罹病植物を適切に区別できるようになり、いくつかの開発テストを経て、性能が向上しました。」

学習済みモデルの最大 1.6 平均絶対誤差損失と、テストモデルの最大 5 平均絶対誤差損失を示す 2 つの棒グラフ。

健康なトウモロコシと NLB に罹病したトウモロコシの超音波データを使用した学習およびテストでは、99.97% の精度が得られました。(画像著作権: Theofrida Maginga)

Maginga 氏は次のように述べています。「前処理手法を導入し、この LSTM と CNN の 2 つの層を追加した後、モデルは健康な植物と罹病植物を適切に区別できるようになり、いくつかの開発テストを経て、性能が向上しました。現在、これらのモデルを展開し、現場での性能を確認しています。」

研究チームは、さまざまな機械学習アーキテクチャーを調べるなかで、考え得るニューラル ネットワークの組み合わせを検討しました。

Maginga 氏は次のように述べています。「MathWorks は、LSTM と CNN の組み合わせに関する多くの学習リソースを提供してくれました。ウェーブレット変換を試すという発想も、これらのリソースから得られたものです。」

現場でのセンサーの設置

Maginga 氏らのチームが開発した機械学習モデルのアプリケーションと IoT センサーは有望です。このシステムでは、トウモロコシに病害を接種した後、わずか 4 ~ 5 日で検出できます。通常は外観に病徴が現れるまでに 14 ~ 21 日かかるので、大幅に改善されています。

「このシステムを導入することで、農家はこれまで病害で失っていた作物の半数を失わずに済むのです。」

しかし、農家にとっては、この技術にかかるコストが障壁となる可能性があります。現在、センサーとデータ収集装置の一式の価格は約 50 ドルです。農作物の状態をすべて把握するには、複数の設備を購入し、農地全体に設置する必要があります。研究者は、こうした導入コストの削減に取り組んでいます。

「設置にかかるコストを半分に抑えたいと考えています。ですが、本当の利益は農作物の収量が増えることです」と Maginga 氏は語ります。「このシステムを導入することで、農家はこれまで病害で失っていた作物の半数を失わずに済むのです。」

センサーを設置することで、投資収益が得られるため、農家は徐々に農地全体にセンサーを追加することが可能になり、より詳細なデータを取得し、供給することで、この病害検出・予防システムを改良していくことができます。つまり、このシステムは、農作物の収量を増やすことで採算が取れる仕組みなのです。

アシスタント チャットボット

現在、このシステムを農業従事者に利用しやすいものにするため、チャットボットの開発が行われています。こうしたデジタルアシスタントは、システムを簡単に利用できるようにして、農業従事者にわかりやすい情報やアドバイスを提供します。Maginga 氏らのチームは、大規模言語モデル (LLM) チャットボット「MkulimaGPT」を開発し、農業従事者が利用できるようにしました。このプラットフォームは、スワヒリ語で農民を意味する単語、mkulima から名付けられています。

このプロジェクトの最終的な目標は、病害予測モデルの結果を農業従事者向けに単純で理解しやすいメッセージに変換することです。

ChatGPT のように、LLM は、オンラインデータが豊富な英語などの言語では良好な性能を発揮しています。しかし、タンザニアでは多くの農業従事者の母国語はスワヒリ語であり、LLM の学習データの量は十分ではありません。この問題に対処するため、研究者は植物病害診断モデルのカスタマイズに使用できるデータの収集に取り組んでいます。

「質問と回答のサンプル データ セットを用意しました。たとえば、ある病害を発見したとき、それがどの病期にあるのか、どうすれば判断できるでしょうか。病害を管理するにはどうすればいいのでしょうか。専門家が対処に当たる前に行われる一般的な介入は何でしょうか。」Maginga 氏は次のように述べています。「利用可能な ChatGPT モデルを使用して、ユーザー体験の向上を図る方向で検討しています。小規模な農家でも、こうした最先端技術をごくシンプルな形でカスタマイズして利用できるようにしたいと考えています。」

IoT を使用した植物の解析結果に異常が見つかった場合に、どのように農業従事者とチャットボット セッションを開始するかを示すモデルのフローチャート。

Maginga 氏らのチームは、ChatGPT のような大規模言語モデル (LLM) を使用して、植物の病害を診断し、農業従事者に推奨事項やアドバイスを提供する方法を模索しています。(画像著作権: Theofrida Maginga)

このプロジェクトの最終的な目標は、病害予測モデルの結果を農業従事者向けに単純で理解しやすいメッセージに変換することです。これは、データサイエンスやデータ解析を行う技能がない場合や専門家にすぐに相談できない場合に特に重要です。このような取り組みは、農業従事者が早期に介入し、作物の病害防除を可能にすることを目的としています。これは、現代のテクノロジーを活用することで、その地域特有の問題を即時に改善できる典型的な例です。

微調整

研究者は、研究室の管理された環境から予測不可能な状態の実際の農地へと移行させながら、データを収集し、モデルを微調整することで、データにノイズが多く、分布が経時的に変化する現実世界の状態に適応できるようにしています。

Maginga 氏は次のように述べています。「現在、モデルの再学習と微調整を行っているところです。管理された研究室環境とは異なり、管理できない要因が多い実際の農地で設置を開始するにあたって、VOC センサーには大きな期待を寄せています。」

研究チームは、病害による損失が大きいトマトなど、他の作物にも研究を拡大することを検討しています。さらに専門的な知識を取り入れ、技術を改良しています。

Maginga 氏は次のように述べています。「私は農業そのものに、まだ解明されていない多くの可能性を感じています。また、専門家が取り組むべき多くの研究上の課題を目の当たりにしています。」


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