Main Content

サイリスタによる静止型無効電力補償装置

はじめに

この節で扱う例では、送電システムの静止型無効電力補償装置 (SVC) の定常状態と動特性を調べるために、Simscape™ Electrical™ Specialized Power Systems ソフトウェアを利用する方法を説明します。SVC は、パワー エレクトロニクス技術を使うフレキシブル交流送電システム (FACTS:Flexible AC Transmission Systems) のデバイスの 1 つです。これは、無効電力を生成または吸収することによって、交流送電システムの受電端の電圧を調整します。

大規模な電力システムにおける電気機械の低い共振周波数 (通常は、0.02 Hz から 2 Hz まで) により、この現象の解析を行うためには、通常、30~40 秒またはそれ以上のシミュレーション時間が必要です。

この例で説明する SVC モデルは、特定の SVC トポロジ (サイリスタ制御リアクター (TCR) とサイリスタ位相制御コンデンサ (TSC) を使用) のかなり詳細なモデルであり、パワー エレクトロニクスが完全に表現されています。この SVC モデルを解析するためには、固定時間ステップ (この場合、50µs) での離散シミュレーションが必要であり、通常は、短い時間 (数秒) における SVC の動特性を調べるために利用されます。主な解析内容は、制御システムの最適化、電圧や電流の高調波成分の影響、故障時の電力システム部品の過渡解析や耐圧などです。

静止型無効電力補償装置 (SVC) モデルの説明

SVC モデルの単線結線図を、SVC の単線結線図 に示します。これは、735kV の交流送電システムに接続された 300Mvar の SVC を表します。

この例は、power_svc_1tcr3tsc モデルに提供されています。このモデルを読み込み、このモデルにさらに変更を加えることができるように case2 という名前で作業ディレクトリに保存してください。このモデルを、735kV 交流送電システム上の 300Mvar の SVC を表す SPS モデル (power_svc_1tcr3tscs) に示します。

SVC の単線結線図

735kV 交流送電システム上の 300Mvar の SVC を表す SPS モデル (power_svc_1tcr3tscs)

静止型無効電力補償装置 (SVC) の構成

SVC は、735kV/16kV、333MVA カップリング変圧器、変圧器の 2 次側に接続された 1 つの 109Mvar TCR と 3 つの 94 Mvar TSC (TSC1、TSC2、TSC3) で構成されます。このように SVC は、サイリスタ制御リアクター (TCR:Thyristor Controlled Reactor) とサイリスタ開閉コンデンサ (TSC:Thyristor Switched Capacitor) から構成され、無効電力を高速に変化させ、連続的に電力系統に無効電力を供給する働きをします。

TSC のスイッチの ON/OFF 状態を制御することにより、変圧器の 2 次側の無効電力は、94Mvar のステップ状に 0 から容量性 282Mvar (16kV で) まで、離散的に変動させることができます。一方、TCR の位相制御により、0 から誘導性 109Mvar まで連続的に変動させることができます。変圧器の漏れリアクタンス (0.15pu) を考慮すると、変圧器の 1 次側から見た SVC の等価サセプタンスは、-1.04pu/100MVA (誘導性) から +3.23pu/100Mvar (容量性) まで、連続的に変動させることが可能です。

上図の SVC Controller サブシステムでは、変圧器の 1 次側の電圧を観測し、電圧レギュレーターにより所望のサセプタンスとなるように、適切なパルスを 24 サイリスタ (TCR、TSC1、TSC2、TSC3 について、それぞれ 6 つのサイリスタで構成) に送ります。

三相はそれぞれデルタ接続されているので、通常の平衡状態 (三相の中性点電圧が 0) では、基本波の 3 の倍数の高調波成分 (第 3、第 9、...) がデルタ結線内に閉じ込められるため、電力システムに投入される高調波成分が減少します。

この例の電力システムは、誘導性の等価サセプタンス (短絡電力 6000MVA) と 200-MW の負荷で表されます。等価システムの内部電圧を Three-Phase Programmable Voltage Source ブロックによって変化させて、システム電圧の変化に対する SVC の動的な応答を観測することができます。

静止型無効電力補償装置 (SVC) の制御システム

SVC コントローラー モデル

SVC の制御システムは、次の 4 つの部分から構成されます。

  • Measurement System サブシステムは、変圧器の正相の一次電圧を測定します。このシステムは、離散フーリエ計算手法を使って、1 サイクルのウィンドウのランニング平均について基本電圧を評価します。この Measurement System サブシステムは、システムの周波数の変動を考慮するために、位相同期回路 (PLL: Phase-Locked Loop) が利用されています。

  • Voltage Regulator は、PI 制御器を使用して変圧器の一次電圧を基準電圧と同じ値に調整します (SVC Controller ブロックのメニューで 1.0 pu を指定)。Voltage Regulator サブシステムの中には、ある傾き (この場合、0.01pu/100MVA) をもつ V-I 特性を得るために、電圧を低下させる項 (Droop と名付けた Gain ブロック) が含まれています。したがって、SVC の動作点が、容量性 (+300Mvar) から誘導性 (-100Mvar) まで変化するとき、SVC の電圧は、1-0.03=0.97pu と 1+0.01=1.01pu の間で変化します。

  • Distribution Unit サブシステムは、電圧レギュレーターで計算された一次サセプタンス Bsvc を使用して、TCR のサイリスタの点弧角 α と 3 つの TSC のサイリスタのスイッチング状態 (ON/OFF) を決定します。点弧角 α は TCR のサセプタンス BTCR の関数であり、次の式からルックアップ テーブルによって実装されます。

    BTCR=2(πα)+sin(2α)π

    ここで BTCR は、TCR の定格無効電力 (109 Mvar) を 1 pu とした場合の、pu 単位での TCR のサセプタンスです。

  • Firing Unit サブシステムは、各相 (A-B 相、B-C 相、C-A 相) に対して 1 つずつ、それらを合わせた 3 つの独立したサブシステムで構成されます。各サブシステムは、変圧器の線間 2 次電圧に同期した PLL と、TCR と TSC のそれぞれに対するパルス発生器で構成されます。パルス発生器は、TCR のサイリスタの点弧角 α とパルスを生成する Distribution Unit サブシステムからの TSC のサイリスタのスイッチング状態 (ON/OFF) を入力信号として使用します。TSC のサイリスタの点弧は、同期化されたり (各サイクルにおいて、正方向と負方向のサイリスタに 1 つのパルスが送られます)、またはサイリスタのスイッチング動作が連続的にオンとオフになることができます。この同期されたサイリスタの点弧動作は、高調波成分をより迅速に減少させるので、通常、推奨されるサイリスタの点弧方法です。Firing Unit サブシステムのブロック パラメーターを設定するダイアログ ボックスで、[Firing Mode] の項目が [Synchronized] に設定されていることを確認してください。

静止型無効電力補償装置 (SVC) の定常状態と動特性

ここでは、システムの電圧が変化するときの、SVC の定常状態の波形と動的な応答を観測します。シミュレーションを実行し、SVC Scope ブロックで波形を観察します。以下に、それらの波形を示します。

システムの電圧ステップに対する SVC の動的な応答を表す波形

はじめに、システムの電源電圧が 1.004pu に設定されているので、SVC が動作していないときには、SVC の端子で電圧 が 1.0pu になります。基準電圧 Vref が 1.0 pu に設定されているので、はじめの SVC はフローティング状態 (浮遊化状態でゼロ電流) です。この動作点は、動作中の TSC1 と、ほぼ完全導通状態 (α = 96 °) の TCR の働きで得られます (上図の下側 2 つの波形)。

t=0.1s において、電圧は 1.025pu まで急激に増加します (上図の Vmeas Vref (pu))。SVC は電圧を 1.01pu に戻すために、無効電力 (Q=-95 Mvar) を吸収するように動作します (上図の Q(Mvar)、Vmeas Vref (pu))。95% の整定時間は、およそ 135 ms です。この時点で、すべての TSC は動作を停止し、TCR はほぼ完全導通状態 (α = 94°) です。

t=0.4s において、電圧は 0.93pu まで急激に低下します。SVC は、無効電力 256Mvar を供給するように動作し、電圧を 0.974pu まで減少させます (上図の Q(Mvar)、Vmeas Vref (pu))。

この時点で、3 つの TSC (TSC1、TSC2、TSC3) は動作中であり、TCR は基準の無効電力 (TCR のサイリスタの点弧角 α =120 °) のおよそ 40% を吸収します (上図の Q(Mvar)、alpha TCR (deg)、number of TSCs) 。

上図の Scope ブロックに表示された最後の波形で TSC (TSC1、TSC2、TSC3) のサイリスタのスイッチが、連続してオンとオフになる様子を観測してください。TSC のサイリスタのスイッチがオンになる度に、TCR のサイリスタの点弧角 α は、180 °(導通しない) から 90 °(完全導通) まで変化します (上図の alpha TCR(deg))。最終的に、t=0.7s において、電圧は 1.0pu まで増加し、SVC の無効電力はゼロまで減少します (上図の Q(Mvar)、Vmeas Vref (pu))。

Signal & Scopes サブシステムを開いて、その他の波形を観測できます。TCR AB スコープに、分岐 AB の TCR 電圧および電流と、サイリスタのパルスが表示されます。下図は、TCR のサイリスタの点弧角 α が 120 度のときの、t = 3 サイクルの波形を拡大表示したものです。

TCRab と名付けた Scope ブロックで観測される、TCR の定常状態の応答波形

サイリスタ開閉コンデンサ TSC1 の不点弧

最後に、TSC の不点弧のシミュレーションを行います。

TSC のサイリスタのスイッチがオフになる度に、電圧は TSC のコンデンサに吸収されます。Signals & Scope サブシステム内で TSC1 Misfiring と名付けられた Scope ブロックを見る場合、A-B 相に対する、TSC1 の線間電圧 (以下の図の Vab sec(pu)) と TSC1 の線間電流 (以下の図の Iab TSC1(A)) を観測できます。正方向のサイリスタ (正の電流を流すサイリスタ) にかかる線間電圧は、以下の図の VTh + TSC1ab に表示され、このサイリスタに送られるスイッチングのパルス信号は、以下の図の Pulses Th+AB に表示されます。正方向のサイリスタは、正常な点弧作用を行う場合は、サイリスタ バルブ電圧が最小で負方向の TSC の線間電圧の絶対値が最大となるときに点弧することがわかります。

誤ってサイリスタを点弧するパルス信号が適切なタイミングで送られないと、TSC で非常に大きな過電流が観測されることがあります。SVC Controller ブロック内で、TSC1 の不点弧をどのようにシミュレートできるかを確認してください。Timer ブロックと OR ブロックは、Firing Unit からの基準のパルスにパルスを加えるために使用されています。

Timer ブロックのメニューを開いて、増倍率 100 を削除します。ここで、Timer ブロックは、時刻 t= 0.121 秒で 1 サンプル時間続く TSC1 のサイリスタの不点弧パルスを送るようにプログラム設定されています。

シミュレーションを再実行してください。TSC1 Misfiring と名付けられた Scope ブロックで観測される波形を、以下に示します。

TSC1 サイリスタの不点弧により生じる TSC の動的な応答を表す波形

TSC がブロックされた直後に、サイリスタ バルブ電圧が正の最大になるときに、サイリスタの不点弧状態を引き起こすスイッチングのパルス信号が送られることが観測されます。このサイリスタの不点弧は、サイリスタの大きな過電流 (18kA、基準のピーク電流の 6.5 倍) を生成します。さらに、サイリスタがブロックされた直後に、サイリスタ バルブ電圧は 85kV (基準のピーク電圧の 3.8 倍) に達します。そのような過電流と過電圧を回避するために、サイリスタ バルブは、通常、金属酸化物 (酸化亜鉛形など) の避雷器で保護されています。ここでは、その場合のシミュレーションはしていません。