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学生が低コストで人命を救う心臓ポンプを設計

AI、モデルベースデザイン、コード生成が生物医学装置開発を最適化


うっ血性心不全を患う数百万人もの人々にとって、この病気の症状は致命的になる可能性があります。待機リストに載っている 20 万人のうち、移植を受けられるのは 1 万人ほどだと言われています。左心室補助装置 (LVAD) として知られる、手術で埋め込む心臓ポンプは、移植を待つ患者の平均余命を延ばし、他の患者には長期的な治療を提供することができます。しかし、コストが高く、利用が限られているため、こうした生命維持に必要な治療を受けられないことがよくあります。

そこで、イスタンブールのユルドゥズ工科大学 (YTU) 電気電子工学部の生物医学工学准教授、Kamuran Kadıpaşaoğlu 氏の登場です。数十年にわたり米国で心血管外科研究室を率いた後、同氏は現在、YTU の生理制御研究室 (PCL) の所長を務めています。彼の学生たちは、市販の LVAD に代わる、よりスマートで低コストな代替品を開発しています。

「技術的には、市場のギャップを埋める、競争力があり、信頼性が高く、効率的かつ安全で、経済的なポンプを開発するという最終目標を掲げ、既存の技術の改良に取り組んでいます」と Kadıpaşaoğlu 氏は語ります。

トルコでは、LVAD 1 台の費用は手術代も含めて最低でも 75,000 ドルはかかります。Kadıpaşaoğlu 氏は、学生たちが開発した機械による循環補助システムのコストはその半分以下になるはずだと言います。患者が手動で速度を調整しなければならない従来の心臓ポンプとは異なり、学生たちの装置はリアルタイムで動的に変化することが期待されています。

研究室の学生たちは、MathWorks の Campus-Wide アクセスを最大限に活用し、Simulink® を用いたモデルベースデザインを通じて、革新的な心臓ポンプシステムを開発しました。MATLAB® はその基盤となりました。

「MATLAB は簡単に習得でき、思いついたものは何でも作成できます。」

LVAD のテストの様子を示す実験室のセットアップ。LVAD は右側の透明なチューブの中にあります。

ユルドゥズ工科大学 (YTU) の生理学制御研究室。Kamuran Kadıpaşaoğlu 氏と学生たちは、市販の LVAD に代わる、よりスマートかつ低コストの代替品を開発しています。
(画像著作権: YTU ダヴトゥパシャ キャンパス、生理制御研究所)

「他のソフトウェアも試しましたが、モデルやシステムの作成が大変でした」と語るのは、研究助手の Mert Yiğit 氏です。同氏は、生物医学工学部でタービン設計と計算流体力学を専攻しており、最近卒業したばかりです。「MATLAB は簡単に習得でき、思いついたものは何でも作成できます。」

研究室の機械による循環支援システムには、電池で駆動する埋め込み型心臓ポンプ、スマート コントローラー、バイタルモニタリング用の無線携帯型患者ユニットが含まれています。学生たちはプロトタイプのハードウェアのほぼすべてを現地で製作しました。

臨床試験への道筋を検討しながら、若い YTU チームは、LVAD やその他の心臓デバイスの動物実験を最小限に抑える方法を考案しました。彼らは MATLAB でハイブリッド空気油圧模擬回路を構築し、実際の心血管条件での厳密なテストを可能にしました。学生たちは、GPU Coder™ と高性能な NVIDIA® ワークステーションを活用して、計算の最適化と高速化を実現しました。 

「学生たちは、このプロジェクト全体を動かす原動力なのです」と Kadıpaşaoğlu 氏は言います。その研究成果は、International Journal of Robust and Nonlinear Control に掲載されました。

実践体験

LVAD 技術は、1960 年代の初期の人工心臓開発以来、大きく進化してきました。1994 年までに、米国では大型の外部空気圧駆動装置が FDA の承認を取得しました。次世代機では、連続フロー型ロータリーポンプ システムに移行し、より小型化されたことで埋め込みが可能になり、耐久性も向上しました。しかし、制約は依然として残っていました。

Kadıpaşaoğlu 氏は、ヒューストンのテキサス心臓研究所で心不全に対する新たな外科的介入の研究に 20 年近くを費やしました。彼は心臓ポンプ技術と、それを取り巻くアクセスの障壁について、直接的に理解しています。

「MATLAB を使うことを思いつく前は、他のソフトウェアで徹夜しながら作業してはエラーばかり出していました。MATLAB で簡単に作成できると気づいたときは、最高の体験でした。」

「トルコ出身の私たちにとって、これらの装置の資金調達は非常に難しいのです」と Kadıpaşaoğlu 氏は指摘します。「さらに、トルコの外科医は医療機器のエンジニアと一緒に研究を重ねてきたわけではないので、経験が十分ではありません。ときには 1 日か 2 日の研修を受けただけで患者にポンプを埋め込むこともあり、それが深刻な結果を招くこともありました」。

彼はその知識と経験を母国に持ち帰り、意欲的な YTU の学生たちに LVAD 開発について教えるとともに、医療分野との学術的なつながりを築き、トルコで手頃な価格の心臓ポンプを製造するための基盤作りに取り組みました。Kadıpaşaoğlu 氏は、生物医学工学、電気工学、制御工学の分野を志す学生たちのメンターとして活躍しています。

「学生たちが病院や手術室で血液や開胸した胸部、鼓動する心臓などに直接触れながら実践的な経験を積めるように、研修機会の確保を支援しています」と同氏は語ります。

「Kadıpaşaoğlu 氏は自主的な研究を奨励しています。インスピレーションを得るために、アイザック・ニュートン卿やジョゼフ=ルイ・ラグランジュなどの影響力のある科学者のミニ肖像画が研究室の壁に並んでいます。グループには約 20 名の学生が在籍しており、その中には優秀な成績で卒業した Derya Sahin さんと Ahmed Alhajyounis さんも含まれています。学生たちはプロジェクトを考え出し、助成金の申請書を書き、ジャーナル記事を共同執筆します。

Yiğit 氏は、研究チームの最新の LVAD プロトタイプを披露しました。生体適合性チタン合金から作られた、長さ 7.2 センチメートル (2.8インチ) の硬質円筒形タービンです。

「私たちは、LVAD をモデル化するシステムを自動化しようとしました。MATLAB を使うことを思いつく前は、他のソフトウェアで徹夜しながら作業してはエラーばかり出していました。」と Yiğit 氏は振り返ります。「MATLAB で簡単に作成できると気づいたときは、最高の体験でした」。この研究室は、MathWorks のカスタマー サクセス エンジニア Marco Rossi と、最寄りの MathWorks 販売代理店 Figes の学術チームから主要な支援を受けていました。

彼らの LVAD 設計では、血液はベアリングの潤滑剤とフラックス ブラシレス DC 電気モーターの冷却剤として機能します。デュアルモーター構造により、万が一故障が発生しても装置が作動し続けるため、患者は病院を受診するまで日常生活を続けることができます。

「内部の軸流構造は新しいものです」と Yiğit 氏は言いながら、小型タービン内部に 2 つのモーターが収まっている場所を示します。Simulink と Simscape™ は、学生がモーターの性能とタービンとの互換性を最大限に高めるのに役立ちました。彼らは、反復的な電磁気シミュレーションを通じて、最適なモーター部品の形状を決定しました。

LVAD の組み立てアニメーション。(画像著作権: YTU ダヴトゥパシャ キャンパス、生理制御研究所

各モーターの可動部は、軟磁性複合材料と、その上に取り付けられたミニ磁石を保持するプラスチック製のテンプレートで構成されています。また、歯付きの固定コアにも同じ軟磁性複合材料を使用し、その周囲に細い銅線を巻き付けて、可動部と相互作用する磁場を発生させています。

当初、学生たちは外部でモーターを 1 つ作ってもらうのに丸 1 年も待たなければなりませんでした。「私たちのチームがモーターを作ろうと決めたとき、1 か月でそれを実現しました」と Yiğit 氏は説明します。

現実的な心血管デバイスのテスト

この LVAD には、さらに革新的な特徴があります。多くの場合、患者は心臓ポンプの回転速度を手動で調整し、運動時には上げ、睡眠時には下げています。学生たちは、MATLAB を使用して、患者の心臓ポンプデータから血圧などの重要なパラメーターを推定し、速度を自動的に調整する LVAD 用の非侵襲性スマート コントローラーを開発しています。チームは、Simulink Control Design™ と Simulink Real-Time™ を使用してパラメーターを微調整しました。

無線携帯型患者ユニットのプロトタイプは、装着者のバイタルサインとユニットのバッテリー残量を表示します。これにより、担当医はリアルタイムで患者の健康状態をモニタリングし、データに基づいて意思決定を行い、必要に応じてポンプの速度を遠隔で調整できるようになります。

YTU の機械式循環補助システムが動物実験や臨床試験に進む前に、学生たちは独自の高度な電子心血管モデルを用いてプロトタイプの改良を進めています。

「私たちのハイブリッド模擬回路は、このシミュレーションを物理世界に持ち込みます」と Yiğit 氏は言います。「このハードウェア構成は心血管モデルに基づいて実際の生理学的条件を再現できるため、LVAD のような医療機器を非常に現実的かつ安全な環境でテストすることができます」。

「かつては、1 回のシミュレーションですべての情報を処理するのに 1 分もかかっていました。GPU Coder を Jetson と併用すると、わずか 10 秒しかかかりません。」

図は、チームがカメラと LVAD に向けられたレーザーを使って粒子画像速度を計測する様子を示しています。モニターは右端にあります。

粒子画像速度測定法 (PIV) ステーション。(画像著作権: YTU ダヴトゥパシャ キャンパス、生理制御研究所

研究室では、Simulink と MATLAB を用いて複雑な心血管モデルが作成されました。このモデルは、複数のシステムを互いに直列で機能させます。1 つのシステムのパラメーターを調整すると、他のパラメーターにも連動して影響が及ぶと、Kadıpaşaoğlu 氏は指摘しました。

「Simulink を使えば心血管系シミュレーターの作成自体は簡単ですが、最も難しいのは、患者ごとに求められる結果に合わせて調整することです」と、彼は言います。

Yiğit 氏は、最新の物理的なハイブリッド模擬回路のセットアップを研究室で披露しました。油圧システムにつながれた水の入った容器の中には、最新の LVAD プロトタイプが設置されていました。彼は、空気圧システムは非線形であるため、これらの物理コンポーネント内のポンプの流量と圧力のコントローラーを作成することは非常に困難であると説明しました。

「内部に圧力が蓄積されるため、間違った入力をすると、水が周囲に飛び散る可能性があります」と Yiğit 氏は警告します。

制御係数を見つけるために、彼らは MATLAB でハイブリッド模擬回路のデジタル ツインを作成しました。研究グループは、Statistics and Machine Learning Toolbox™ と連携して強化学習ベースのアプローチである Q 学習を活用し、心血管系の制御係数を特定しました。PCL メンバーは、コントローラーを自動的に調整する機械学習アルゴリズムを開発しました。これで、誰かが誤った入力をしても、液体が噴き出すような事故は起こりません。

グループは他の課題にも取り組みました。心血管モデルのデータは、まるでスパゲッティの入ったボウルのように複雑です。粒子画像流速測定法 (PIV) と呼ばれるフローイメージングにより、研究者は血流のパターンと速度を視覚化できます。チームは MATLAB で画像処理と再構成に取り組みましたが、流体力学、血流、心臓血管系のシナリオのシミュレーションには膨大な計算が必要であることがわかりました。

左から右へ、PIV のセットアップで取得した未処理の 2D 画像 (MATLABで表示)、MATLAB コードのスクリーンショット、「GPU Coder」とラベル付けされたボックスが並ぶフロー図。

MATLAB の Image Processing Toolbox™ を使用して PIV イメージを処理するためのコード生成ワークフロー。(画像著作権: YTU ダヴトゥパシャ キャンパス、生理制御研究所

「MATLAB のフォーラムで並列計算について調べていたとき、GPU Coder を使うと処理が高速化できることが分かりました」と Yiğit 氏は語り、さらに「ドキュメントも分かりやすかった」と付け加えました。

彼らはまず、NVIDIA Quadro® P1000 GPU を搭載したワークステーションから始め、その後 NVIDIA Jetson™ TX2 にアップグレードしました。GPU Coder を使って GPU での実行に最適化された CUDA® コードを生成することで、心血管モデルを TX2 上でより効率的に動作させることができました。

「かつては、1 回のシミュレーションですべての情報を処理するのに 1 分もかかっていました。GPU Coder を Jetson と併用すると、わずか 10 秒しかかかりません」と Yiğit 氏は言います。

この設定により、学生は物理的パラメーターを頻繁に調整しながら、さまざまな条件下で心血管モデルを簡単にテストできます。さらに、MATLAB Coder™ を活用して、MATLAB アルゴリズムを C/C++ コードに変換し、dSPACE® のリアルタイム処理システム上に展開しました。彼らは、稼働中のモーター 1 つだけで患者の生理学的状態をシミュレーションすることにより、ハイブリッド模擬回路で心臓ポンプ プロトタイプのデュアル モーター システムを検証することに成功しました。

PCL メンバーは、機械学習を活用して LVAD プロトタイプの最適な血流量を決定する新たな取り組みを進めています。そして、チーム全体で心臓ポンプのサイズを 20% 縮小しながら効率を向上させる取り組みも行っています。また、ハイブリッド模擬回路をさらにコンパクトにして市場に投入することも目指しています。

同グループは、最終的には dSPACE のリアルタイム処理システムを Jetson TX2 ボードに置き換えて、リアルタイム シミュレーションのパフォーマンスを大幅に向上させる予定です。グループがシミュレーション段階で GPU Coder を使用すると、移行が楽になります。

「私たちは常に、その技術が購入しなければならないものなのか、それとも自分たちで作り出せるものなのか、自問し続けています」と Yiğit 氏は語ります。「自分たちで作れるものなら、それを中心にプロジェクトを発展させることができます」。

Kadıpaşaoğlu 氏は、ユルドゥズ工科大学に研究室を立ち上げて以来、目標を十分に達成できたと振り返っています。「私たちの名前も徐々に知られるようになってきました。取材の依頼も来るようになり、今では他の大学から学部生が研修に訪れる場所にもなっています」と、同氏は述べています。



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