初回シリコンでの成功に向けたシフトレフトとストレッチライト
半導体企業が開発を加速し、デザインインを獲得し、製品ライフサイクル全体で顧客価値を提供するための方法
ホワイトペーパー
半導体企業が開発を加速し、デザインインを獲得し、製品ライフサイクル全体で顧客価値を提供するための方法
半導体開発において、初回シリコンでの成功とは、技術的なマイルストーンだけでなく、ビジネス上の成果も達成することを意味します。適切な製品を適切な時期とコストで市場に投入すること、量産規模でデザインインを獲得すること、そして製品ライフサイクル全体にわたって効果的に顧客をサポートすることにかかっています。今日、半導体業界の顧客は、サプライヤーに対してより多くを期待するようになっています。これらの顧客は、シミュレーションの活用を拡大し、バーチャル開発アプローチを採用しています。また、リスクを軽減し、より迅速に開発を進めるために、コンポーネントモデル、参照例、バーチャル設計ツール、量産対応のソフトウェアをますます期待するようになっています。
シフトレフト・ストレッチライト戦略は、その課題の両方の側面に対応します。シフトレフトでは、モデル化とシミュレーションを用いて、検証を早期化することでチームが初回シリコンでの成功というマイルストーンを達成し、その後、モデルなどのエンジニアリング アセットを開発フロー全体で再利用できるよう支援します。ストレッチライトでは、同じアセットを顧客にも展開し、製品の評価、統合、進化をより効率的に行えるよう支援します。このアプローチが、顧客自身のシフトレフト達成に役立ちます。
AI は、このシフトレフト・ストレッチライト戦略をさらに加速させています。AI はモデル化とシミュレーションのワークフローを拡張することで、エンジニアリング チームによる手作業でのセットアップの削減、テスト生成の自動化、設計目標への迅速な収束を支援し、シフトレフトの取り組みを強化します。また、AI を活用したワークフローやモデルは、顧客向け提供物の一部としてパッケージ化し、再利用することもできるため、社内開発の枠を超えて価値を拡大できます。このように AI は、エンジニアリングの生産性を高めるだけでなく、ストレッチライト アプローチの成功を支える再利用と顧客支援によるメリットもさらに高めます。
本稿では、NXP、Nokia、STMicroelectronics、Intel、Infineon をはじめとする企業が、検証効率の向上、顧客による採用の加速、そして製品ライフサイクル全体で価値をもたらす再利用可能なエンジニアリング アセットの構築のために、これらの原則をどのように適用してきたかを見ていきます。
多くの半導体企業では、いまだに分断されたワークフローで開発が行われています。仕様作成、アーキテクチャ設計、実装、検証がそれぞれ異なるチームやツールに分散していることが多く、コンセプトからサインオフまで設計意図の一貫性を保つことが難しくなっています。この分断が招くコストは大きくなりがちです。開発中に混入する設計エラーや、プロジェクト途中での要件変更の影響は、ASIC の遅延やリスピンの一般的な原因となっています。
2024 Siemens EDA/Wilson Research Group 機能検証調査によると、初回シリコンで成功した ASIC/SoC プロジェクトはわずか 14% でした。
モデルベースのワークフローは、アナログとデジタルの設計および検証作業において、モデルをアーキテクチャのリファレンス、検証用スティミュラス、実装のソースとして再利用する統一的な手法を構築することで、この分断の解消に役立ちます。異なる言語や環境で設計意図を繰り返し作り直すのではなく、共有された技術アーティファクトを利用することで、一貫性を高め、反復作業を加速できます。このアプローチにより重複作業が減り、各チームが同じ「信頼できる唯一の情報源」を共有できます。
このアプローチがもたらす結果は、エンジニアリング効率の向上にとどまりません。顧客主導の変更に、より的確かつ俊敏に対応できるようになります。チームがより迅速にモデルを更新し、現実的なテストを再実行し、下流のワークフローへ変更を反映できるようになれば、開発終盤での想定外の問題を招くことなく、変化する要件に対応しやすくなります。
シフトレフトは検証の前倒しとして説明されることが多いですが、最も効果的な実施ではその先を目指します。その目的は、設計サイクル全体を通じて使い続けられるモデルやテストケースなどのアセットを用いて、適切な動作を適切なシナリオで検証することです。
半導体開発チームにとってこれは、抽象的なテストパターンではなく現実の動作条件から得た入力を使用しながら、顧客にとって重要なメトリクスに照らして設計を評価することを意味します。これらのモデルとテストケースは一度作成すれば、システム設計から実装、ポストシリコン検証まで一貫して活用できます。
シフトレフトの実践例として、NXP の車載レーダー開発が挙げられます。この事例は記事「車載レーダー IC 設計の環境インザループ検証」で紹介されています。同社のチームは、社内の検証を、S/N 比 (SNR) や全高調波歪み (THD) といった顧客主導のメトリクスに整合させる手法を開発しました。NXP は、抽象的な低水準のテストパターンだけに頼るのではなく、現実的な Euro NCAP のドライビングシナリオから検証用スティミュラスを生成し、そのシナリオを初期のシステムレベル検証に活用しました。このアプローチにより、初回シリコンの 1 年前にバーチャル フィールド トライアルを実施できたほか、システム、RTL、ポストシリコンの各フェーズにわたるアセットの再利用も可能になりました。
ここから得られる教訓は、シフトレフトは社内のエンジニアリング サインオフと実際の顧客の使用条件とのギャップを縮めたときに、最大の価値を生むということです。早期に検証すること自体も有用ですが、顧客にとって関連性の高い検証を早期に行うことは、さらに強力です。現実的な動作環境に照らして早い段階で検証すれば、開発終盤での不整合のリスクを抑え、商業的に最も重要な課題に労力を集中できます。
「MATLAB から生成した DPI-C モデルにより、Cadence の HDL 検証環境において複数のインターフェイスで機能面とパフォーマンス面のメトリクスを算出できます。設計の実装と検証を切り離し、顧客が関心を寄せる指標により近い抽象度でテストを実施できます。」
文書化されている他の事例も、同じ原則を裏付けています。STMicroelectronics は、Simulink® と HDL Verifier™ を使用してシステムレベルのモデルをチップレベルの検証で再利用しました。これにより、Simulink ベースの設計における RTL 検証時間が半減したことが報告されています。さらに、検証アーティファクトがさまざまな設計ステップで再利用されるため、システムレベルの検証と RTL レベルの検証の間で重複する作業が大幅に削減されました。
Nokia は同じ考え方を別の方向へ発展させ、5G のデジタル フロントエンド設計フロー全体で Simulink によるモデルベースデザインを採用しました。同社の Sami Repo 氏によれば、このアプローチはワークフロー全体に「柔軟性、可視性、対応力」をもたらし、高速実行、アーキテクチャ探索の改善、チーム間コミュニケーションの強化、品質の向上を実現しました。
これらの事例が示すのは、シフトレフトの成功が実行の前倒しだけでなく、重複作業の削減と、チーム間における共通の技術的言語の構築にも左右されるということです。
「(この設計と検証のアプローチにより) エンジニアは、システムレベルと RTL レベルの両方で実行されるスティミュラスのテストケースを、単一のソースから得ることもできます。その結果、RTL 検証時間が半分に短縮されました。」
これらの事例に共通するのは、検証の早期化が顧客との関連性の高さと再利用性を兼ね備えたときに、シフトレフトが最大の価値をもたらすという点です。
| 企業 | 実施した内容 | 達成した内容 |
|---|---|---|
| NXP | 現実的な Euro NCAP のドライビングシナリオから車載レーダーの検証用スティミュラスを生成し、SNR や THD といった顧客の設計メトリクスに照らして検証。 | 初回シリコンの丸 1 年前にバーチャル フィールド トライアルを実施。同じアセットをシステム、RTL、ポストシリコンの各段階で再利用。 |
| STMicroelectronics | システムレベルの Simulink モデルをチップレベルの UVM 検証内で直接再利用。 | RTL 検証時間を半減し、システムレベルと RTL レベルの検証間の重複作業を解消。 |
| Nokia | 5G のデジタル フロントエンド設計フロー全体で、共通の Simulink モデリング プラットフォームに標準化。 | 実行とアーキテクチャ探索の高速化に加え、品質の向上も達成。 |
シフトレフトが社内の実行力を高めるのに対し、ストレッチライトは同じエンジニアリング投資を、顧客が再利用できるアセットとして外部へ広げます。具体的には、コンポーネントモデル、バーチャル プロセッサー プラットフォーム、構成ツールや設計ツール、量産対応のソフトウェア コンポーネント、主要アプリケーション向けの参照モデルといった再利用可能なアセットを提供することを意味します。
これが重要なのは、顧客自身も自社の開発プロセスのシフトレフトを目指しているからです。SDV (ソフトウェア・ディファインド・ビークル) のプログラムをはじめとするソフトウェア主体のシステムでは、顧客はハードウェアが手に入る前に開発を始め、展開後もシステムの改良を続けたいと考えています。優れたバーチャルアセットとサポート インフラストラクチャを提供する半導体企業は、顧客がより早く着手し、より迅速に統合し、プロジェクトのリスクを抑えられるようにします。
MathWorks と NXP による最近のバッテリー マネジメント システム (BMS) 分野での協業は、ストレッチライトの実践を明確に示す例です。BMS 専用の Model-Based Design Toolbox の登場により、エンジニアは MATLAB® と Simulink で制御アルゴリズムを開発、検証し、NXP のプロセッサへ直接自動で展開できるようになり、システムレベル設計と製品向け実装とのギャップが埋まりました。このアプローチにより、最適化されたコード生成、オンチップ ペリフェラルへのアクセス、プロセッサインザループ テストなど、ターゲット ハードウェアへの展開が可能になります。これらの機能によって顧客は、モデル化とシミュレーションから現実世界でのテストや実装へ効率的に移行し、手作業でコードを書き直すことなくアルゴリズムを再利用し、現実的な動作シナリオで検証できます。その結果、統合時の摩擦が減り、市場投入までの時間が短縮され、コンセプトから展開までの障壁が下がるとともに、デバイスのエコシステム全体が強化され、半導体プラットフォームの価値がシリコンの枠を超えて広がります。NXP の経営陣もその効果をビジネスの観点から語っており、CTO の Lars Reger 氏は「エンジニアが問題を前倒しで発見して解決できる、設計反復の迅速化」について述べるとともに、NXP のシリコンを採用する顧客にとっての市場投入までの時間短縮を挙げています。
Infineon の事例も、ストレッチライトの効果を明確に裏付けています。同社は MATLAB と Simulink を活用し、2 週間という厳しいスケジュールで、顧客向けの完全な IBIS-AMI モデルを開発、検証、提供しました。顧客が設定した短納期に応えただけでなく、社内における立ち上げまでの時間も短縮され、さらに今後のプログラムで再利用できる社内ノウハウの確立にもつながりました。
「SerDes Toolbox で進めたワークフローは、顧客に IBIS-AMI モデルを届けるための最速かつ最短の道筋でした。さらに当社は、モデルの一部を再利用して他の設計や他の顧客向けの IBIS-AMI モデルを作成するスキルと能力も身につけることができました」
半導体企業にとって、これは単なるモデル化の話にとどまりません。デザインインの話でもあります。なぜなら、精度の高い顧客向けモデルは、社内の IP を開示することなく評価サイクルを短縮し、技術的なやり取りの摩擦を減らせるからです。ストレッチライトはポストシリコンのサポートにとどまらず、成長のてことして機能します。再利用可能なアセットが優れているほど、顧客はプラットフォームを採用し、複数のプログラムへ展開し、より長く使い続けやすくなります。
Infineon の QFN パッケージ半導体チップの表と裏の図。
これらの事例は、ストレッチライトが成長のてことして機能し、社内のエンジニアリング アセットを、顧客の開発速度を高めるとともに、顧客が他社に流れにくくするツールへと変えていることを示しています。
| 企業 | 実施した内容 | 達成した内容 |
|---|---|---|
| NXP | MATLAB と Simulink から NXP のプロセッサへ制御アルゴリズムを直接展開できる、BMS 向け Model-Based Design Toolbox を提供。 | 手作業でのコード書き直しと統合時の摩擦を解消し、顧客のコンセプトからシリコン上への展開までの道のりを短縮。 |
| Infineon | 2 週間で、顧客向けに IBIS-AMI SerDes モデル一式を開発、検証、納品。 | 短納期を守りつつ、今後の設計や顧客に向けて再利用可能な社内モデリング能力を構築。 |
半導体開発において AI が最も価値を生むのは、シフトレフト・ストレッチライト戦略を強化する場面です。AI は、エンジニアリング チームによる手作業でのセットアップの削減、シミュレーション サイクルの短縮、設計および検証ワークフロー全体での試行錯誤の削減を支援します。実際の適用範囲は、エンジニアを支援するコパイロット、反復的なエンジニアリング ループを支えるエージェント型ワークフロー、エミュレーションと最適化を担う機械学習モデル、AI アルゴリズムをハードウェア アクセラレータに展開するワークフローにまで及びます。
実践的なユースケースの 1 つが、自律的なエンジニアリング ワークフローとしての AI です。Intel は、ポストレイアウトの PCIe インターコネクトのシグナル インテグリティのサインオフを一貫して実行するマルチエージェント AI ワークフローについて説明しています。この設計は意図的にエージェント中心となっています。タスクマスター エージェントが目標を解釈し、抽出、コンプライアンス、レポート作成を担う専用のワーカーエージェントを統括します。承認済みのエンジニアリング フローを決定論的なステートマシンとして実行するため、結果はその場限りのものではなく再現可能です。エンジニアの役割は、ソルバーの実行やレポートの作成から、目標、制約、成功指標の定義と出力の検証へと移ります。エンジニアの役割は、ソルバーの実行やレポートの作成から、目標、制約、成功指標の定義と出力の検証へと移ります。これはまさに、シフトレフト ストレッチライト戦略における AI 活用のあり方です。
「エンジニアの役割は、実行から目標設定と検証へと移ります。」
もう 1 つのユースケースは、検証効率を高める AI です。Nokia は MATLAB を活用して機械学習の手法を開発し、カバレッジ クロージャーに必要なテスト数を最大 2 分の 1 に削減するとともに、冗長なテストケースを減らすことで検証の品質も向上させました。これは、テスト数と冗長なシミュレーション作業を削減してカバレッジ目標に到達できた点で、シフトレフトの好例といえます。
3 つ目のユースケースは、最終製品の一部として実装される AI です。NXP は MATLAB でニューラル ネットワークを学習させて ADC の誤差を事後補正し、対応する HDL 実装を生成して検証しました。ASIC に実装したところ、ネットワークが必要とした面積は ADC の面積のわずか 15% で、通常の動作条件下における消費電力は約 16 分の 1 になりました。この事例は、AI がエンジニアリングの生産性向上にとどまらず、ハードウェア アーキテクチャそのものに直接貢献していることを示しています。
これらの事例は、検証効率から再現可能なサインオフ、AI をオンチップで搭載したシリコンに至るまで、AI がシフトレフト・ストレッチライト戦略を強化していることを示しています。
| 企業 | 実施した内容 | 達成した内容 |
|---|---|---|
| Intel | ポストレイアウトの PCIe インターコネクトについて、シグナル インテグリティのサインオフを一貫して実行するマルチエージェント AI ワークフローを構築。 | サインオフを再現可能にし、エンジニアの役割をソルバーの実行から目標設定と結果の検証へと転換。 |
| Nokia | 5G アルゴリズムのテスト選択に機械学習の手法を適用。 | テスト数を最大 2 分の 1 削減し、冗長なシミュレーションも減らして、カバレッジ クロージャーを達成。 |
| NXP | MATLAB でニューラル ネットワークを学習させて ADC の誤差を事後補正し、HDL をシリコン向けに生成して検証。 | ADC の面積のわずか 15%、約 16 分の 1 の消費電力を使用して、ADC の誤差を修正。 |
実践的な開始点は、シフトレフトとストレッチライトを個別の施策としてではなく、エンジニアリングのオペレーティング モデルの戦略的な進化として捉えることです。経営層は、検証の前倒しがリスクを実質的に減らす、あるいは開発を加速する領域を見極めるとともに、どのモデル、ワークフロー、エンジニアリング アセットを社内開発の枠を超えて顧客価値の創出へ拡張できるかを評価する必要があります。特に効果の大きい機会の多くは、エンジニアリングの成果とビジネスの成果を結びつけるものです。具体的には、開発終盤のリスク低減、顧客が実施する評価の加速、デザインイン サイクルの短縮、製品サポートと機能拡張の簡素化などが挙げられます。問うべきことは明快です。どのリスクをより早い段階で解消できるでしょうか。どの社内アセットを、拡張可能な顧客支援の能力に変えられるでしょうか。そして、どのパイロット ワークフローであれば測定可能なビジネス価値を実証し、より広範な採用への機運を築けるでしょうか。
初回シリコンでの成功を確実にするには、互いに結びついた 2 つの能力が欠かせません。社内のエンジニアリング成果をより早い段階で向上させることと、顧客の成果をより後の段階まで、かつ長期にわたって向上させることです。シフトレフトは、アーキテクチャに対する確信を強め、反復を加速し、検証の妥当性を高めます。ストレッチライトは、その同じエンジニアリング アセットを、デザインインを加速し、ライフサイクルにおける摩擦を減らす顧客向けツールへと変えます。
複雑化が進み、スケジュールが厳しさを増す状況に直面する半導体企業にとって、これは現実的かつ拡張可能な戦略です。モデル化の前倒し、現実的な検証、再利用可能な検証アセット、顧客がすぐに活用できるシミュレーション モデル、サポート付きのターゲット ワークフローはすべて、競争力の強化につながります。これを実践する企業は、自社のシリコン開発を向上させるだけでなく、そのシリコンを軸に製品を開発する顧客の体験全体をも向上させることになります。
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