はじめに
電気自動車 (EV) によりもたらされる環境上の第一の利点は排気ガスが削減できることです。それが輸送時の全体的な温室効果ガス排出量の抑制につながります。新たに注目されている第二の利点は、EV バッテリーを蓄電設備として活用してビルエネルギー管理や電力需要応答を改善できることで、それぞれ「ビークル・トゥ・ビルディング (V2B)」、「ビークル・トゥ・グリッド (V1G / V2G)」と呼ばれています。
V2B と V2G に EV バッテリーを利用する具体的な利点は、電力系統全体に電力を供給するために多くの温室効果ガスを発生させる発電所のニーズを削減し、より柔軟で効率的な運用を実現できる点です。V2B は、太陽光発電システム (PV) のような地域の分散型エネルギーリソース (DER) によって生産されるエネルギーの消費を増やすことで、系統電力への依存を軽減することができます。さらに、主電力網から独立して運転する、いわゆるアイランド運転の実現が可能になり、電力網の停電時でも供給の安定性を向上させることができます。
本ホワイトペーパーでは、電気自動車の充電を最適化することによって電力網の効率を高める利点と重要性について解説します。本著のレポートでは、スマート充電方式が電力系統全体の応答にもたらす利点を明らかにして、最適化のベストプラクティスを紹介し、充電インフラの開発を改善するモデリングやシミュレーションの活用方法などについて考察します。
双方向充電
EV バッテリーを大規模な系統内で出力制御可能な設備として機能させるには、建物の電力系統と電力網に充放電できる双方向充電器を介して接続する必要があります。双方向充電器とは電力コンバーターのことで、デジタル コントローラーによって制御されています。このコントローラーの設計にモデルリングとシミュレーションを活用することができます。この方法を用いることで、電力コンバーターのコントローラーの詳細な動作を検証できるだけでなく、電圧や電流の制限といった運用上の制約やパワー エレクトロニクス スイッチの不具合といった故障状態に対する系統全体の応答も検証できます。
双方向充電は、IGBT や MOSFET などの制御可能なパワー エレクトロニクス スイッチを組み込んだ双方向電力コンバーターを通じて実現されます。パワー エレクトロニクス スイッチのオン/オフの切り替えを制御するパルス幅変調 (PWM) のデューティ比はデジタル制御で生成されます。EV 充電にはさまざまな電力コンバーター トポロジが採用されていますが、その中でもデュアル アクティブ ブリッジ (DAB) は、その運用の柔軟性と効率性から広く用いられています。図 1 は、Simscape Electrical™ を使用してモデル化した DAB のトポロジを示しています。
DAB は、絶縁変圧器を介して接続された 2 つの H ブリッジで構成されています。それぞれの H ブリッジは、目標とする全体的な動作プロファイルを実現するために個別に制御されます。
以下の図 2 は、Simscape Electrical のシミュレーションで動作する MATLAB® グラフィックスです。この図が示しているのは、位相シフト制御により動作する DAB です。この DAB は、一次側と二次側の H ブリッジ電圧の位相を相互にシフトさせることで、所定の電力潮流の大きさと方向を実現します。ここでは、一次側 AC 電圧 (VACp) が二次側 AC 電圧 (VACs) より先行しているため、一次側から二次側への電力の流れが視覚的に示されています。電力潮流が逆転すると、VACp が VACs に追随します。シミュレーションは、制御システムの設計だけでなく、運用要件を満たす適切な定格の電気部品を選択する際にも利用されます。
スマート充電
V2B または V1G/V2G システムに多くの電気自動車が接続されている場合、スマート充電を利用できる可能性があります。V1G は単方向充電で、V2G は双方向充電です。スマート充電は、最適化技術を用いて各バッテリーの充電プロファイルを調整することで、系統レベルでの利点を引き出すこと事ができます。
たとえば、以下の図 3 は 4 台の EV が電力網に接続されている V2G システムを視覚的に示しています。この 4 台の EV がそれぞれ異なるタイミングで接続と切断を行い、接続時間の終わりまでに各 EV が完全に充電されると仮定します。また、接続と切断のタイミングが事前にわかっていると仮定します (純粋に説明をわかりやすくするために簡略化しています)。EV をスマート方式ではなく一定の速度で充電する場合、赤で示したような充電パターンになると考えられます。この場合、各 EV は充電サイクルの終わりまでに完全に充電されます。ただし、このシナリオでは系統電力に大きなピークが発生している点に注意が必要です。一方で、最適化手法を用いて、各 EV が接続時間の終わりまでに完全に充電されるようにしつつ、系統電力のピーク電力を最小限に抑える制約を課すと、緑で示したような充電パターンになると考えられます。この接続の間、各バッテリーは充電と放電を繰り返してエネルギーを時間とともにシフトさせることができ、系統電力のピーク電力を抑制できる点に注目してください。スマート充電の短所は、EV バッテリーの充電サイクルが通常の回数より多くなり、耐用年数が短くなる可能性があることです。最適化フレームワークは、各バッテリーの充電サイクルを最小限に抑えるなど、他の技術的制約を考慮することで強化することができます。
充電ステーションの技術経済最適化
技術経済分析 (TEA) は、システム全体のサイズ設定と運用における重要な要素で、通常、単純なエネルギー バランス モデルに最適化手法を用いて実施されます。TEA の目的は、各 EV バッテリーにおける最小限の充電サイクルや、電力網の需要応答に対応するための十分な蓄電設備の提供など、いくつかの基準に照らして最適化された運用を決定し、運用制限を超えないよう徹底することにあります。TEA が実施された後、エネルギーマネジメントシステム開発の技術的側面をより詳細に捉えたモデルリングを行い、TEA の結果を基準にして、詳細設計が想定した運用条件を満たしているかを確認することができます。
以下の図 4 では、EV 充電ステーションと産業負荷に電力を供給する電力系統接続に加えて、再生可能エネルギーと電力網の蓄電設備を組み込んだマイクログリッド系統の構造を考察します。シナリオは、EV 充電ステーションでは再生可能エネルギーのみを利用する一方で、産業負荷では再生可能エネルギーと電力系統の両方が利用できるというものです。この場合の技術的制約は、電力網の蓄電設備は再生可能エネルギーを利用可能な時のみ充電でき、EV 充電ステーションは再生可能エネルギーと電力網の蓄電設備からのみエネルギーを受け取れるという点です。
エネルギーの流れに関連する技術的制約に加えて、技術経済最適化では、システムの予想耐用年数にわたって資本コストと運用コストを最小限に抑えるシステム コンポーネントのサイズを決定することを目的としています。技術経済分析および最適化では、通常、1 年を 1 時間単位で区切った期間を考慮します。いわゆる 8760 シミュレーションです (標準的な 1 年は 8,760 時間です)。これを可視化した以下の図 5 は、技術経済最適化の出力を示しています。各コンポーネントの各時間帯における電力を示し、供給と需要のエネルギーバランスが保たれています。
電力網の統合検証
これまでの解析で用いられていた簡略化されたエネルギー平衡方程式は、最適化技術を適用する上で役に立つものですが、そこから得られる工学的知見は限定的です。EV 充電が電力網の応答に与える影響を評価するには、より詳細な電力系統のシミュレーションで検証する必要があります。電力系統のシミュレーションは、大まかにフェーザ シミュレーションと過渡電磁現象 (EMT) シミュレーションの 2 つに分類されます。図 6 が示しているのは、EMT シミュレーションとフェーザ シミュレーションの主な違いです。EMT は詳細な波形をシミュレーションするのに対し、フェーザは RMS 値を使用してシミュレーションを簡略化するため、シミュレーションのステップ時間を増やすことができます。なお、フェーザ シミュレーションでは波形の過渡現象を捉えることはできませんが、定常状態の動作条件を捉えることができます。
フェーザ シミュレーションは、準静的シミュレーションをより大きなタイムステップで長期間にわたり実行できるため、EV 充電の長期的な電力網への影響検証に適しています。準静的シミュレーションの場合、詳細な動的応答をシミュレーションする必要はありません。代わりに、多くの動作点を通過することに焦点を当てており、タイムステップは数分から 1 時間、対象とする期間は数時間から 1 年以上の範囲に及ぶことがあります。
図 7 は、代表的な配電系統モデルのノード電圧を示したもので、準静的フェーザ シミュレーションを用いて 10 分間隔で 24 時間にわたり表示しています。左側には各時間帯の電圧の大きさが示されており、右側には 24 時間全体での電圧の大きさを示すヒストグラムが表示されています。統計解析は、複数のシナリオにわたる運用パターンからさらなる知見を引き出すために使用する時間領域解析の補完に役立つ手法です。
電力網の影響検証では、通常、多くの運用シナリオを考慮する必要があり、その数は数千に及ぶこともあります。多くの運用シナリオを効率的にシミュレーションするために、並列計算を使用してシナリオを複数のコアに分散させることができます。以下の例では、4 つのコアを使用して複数のシナリオを分散させることで、3.5 倍の計算速度を実現しています。利用できるコアが多いほど、より速い処理が期待できます。
EMT による検証は、特定の技術の運用に関する詳細な情報が必要な場合、たとえば、パワー エレクトロニクス スイッチの高調波が電力系統に及ぼす影響を評価する場合などに必要です。EV 充電ステーションは通常、インバータ連系電源 (IBR) を介して電力網に接続されています。これはデジタル制御を通じて運用される電力変換器です。IBR のシミュレーションには、パワー エレクトロニクス スイッチの影響を捉えるために、マイクロ秒またはナノ秒単位の短いタイムステップが必要になるだけでなく、詳細な電力コンバーターのトポロジと制御システムのモデルリングも必要になります。動的に可視化した以下の図は、パルス幅変調 (PWM) を用いて制御された三相インバーターの応答を示しています。パワー エレクトロニクス スイッチにより生じる高い周波数の高調波に注目してください。
まとめ
モデリングとシミュレーションを最適化などの他の計算ツールと組み合わせることで、技術開発の初期段階におけるシステム設計者への情報提供が可能になります。この手法は設計ミスの軽減に役立ち、開発中のシステムが想定の運用範囲内で強靭かつ効率的に機能するという確信をもたらします。
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