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固体の慣性の表現

慣性は、ボディとして構成できる、あらゆるものの基本的な属性です。物の運動状態の変化に対する抵抗であり、同様に、特定の加速を引き起こすために必要な力やトルクの計測でもあります。ジオメトリや色などの他の固体属性とは異なり、マルチボディ ダイナミクスのモデルのシミュレーションに不可欠となります。マルチボディ ダイナミクスのシミュレーションの詳細については、マルチボディ ダイナミクスを参照してください。特に、ジョイントの座標系である両端部は、それぞれが慣性に接続していなければなりません。つまり、運動が許可されている場所には、加えられる力またはトルクが作用する慣性が存在しなければなりません。

慣性の表現

慣性要素は、ボディを表現しない場合でも単独でモデル化できます。このような慣性は、たとえば、回転する自動車の車輪に付いた泥の塊によって引き起こされる振動をシミュレートするときなどに便利です。塊は車輪のボディと分離されており、そのようにモデル化することができます。また、この場合、ジオメトリと色は些末な詳細であり、モデル化の目的においては無視することができます。そうすることで、慣性以外の属性をもたない単純慣性として、塊を処理します。

単独の単純慣性は、モデルではあまり見られません。通常は、ボディのモデル化で説明した羽ばたき翼機構の翼のように、ジオメトリと色をもつボディ全体をモデル化する過程で慣性を考慮に入れます。ボディの概念から始め、そのボディを固体の集合体としてモデル化し、ボディの完全な表現を得るためにそれらの固体の属性を指定します。モデル化するのは固体であり、慣性は単にその属性の 1 つにすぎません。

ボディ (1) と単純慣性 (2)

関連ブロック

Body Elements ライブラリのブロックを使用してモデルに慣性を追加します。関連ブロックには固体ブロック、Inertia、および Variable Mass サブライブラリ内のブロックが含まれます。完全な固体または単純慣性をモデル化できます。正確なパラメーター表現を介して、どちらも固定または可変の慣性パラメーターをもつことができます。したがって、固体または慣性のタイプもブロックによって異なります。ここでの "固体" という用語は、属性が慣性の範囲外の要素を表すために使用されます。また、"慣性" という用語が要素を示す場合、慣性のみを含む属性の要素に使用されます。

固定の固体.  固体および固体が構成するボディをモデル化する場合は、固体ブロックを使用します。これらのブロックでは、固体の可視化が重要な場合にはキーとなる属性である、ジオメトリと色を指定できます。また、利用しにくい回転慣性のパラメーターを、固体ジオメトリと、質量または質量密度のどちらかから自動計算することもできます。ジオメトリと色が余分な詳細であるときでも、多くの場合、固体ブロックは慣性を指定するのに最も便利な方法です。固体ブロックのジオメトリと慣性のパラメーターは厳密に定数であることに注意してください。どちらかを変数属性としてもつ固体をモデル化するには、Variable Mass サブライブラリのブロックを使用しなければなりません。

可変の固体.  [Body Elements]、[Variable Mass] ライブラリの固体ブロックを使用すると、質量や慣性依存の寸法 (長さ、半径など) のような、慣性の入力によって動的に変化する可変慣性パラメーターにより、完全な固体をモデル化します。固体を表すブロックは、たとえば、Variable Cylindrical SolidVariable Brick Solid のように、名前に "Solid" という語が付いていることによって識別されます。これらのブロックは、1 つ以上の慣性パラメーターが可変であるという点で親ライブラリの固体ブロックと異なり、ジオメトリと色をもっているという点で General Variable Mass ブロックと異なります。

固定の慣性.  固体またはボディの慣性を調整する手段として Inertia ブロックを使用します。モデル化の目的上、ジオメトリと色は無関係と見なします。元々のモデルにはなかった容器内の空の区画のような中空領域の存在を計算に入れるために、質量を減算することができます。また、自動車の車輪に時々残っている泥の塊のような小さな外乱の存在を計算に入れるために、質量を加算することもできます。より洗練された固体ブロックを使用すると、時としてより直感的に同じ調整ができることに注意してください。

可変の慣性.  質量、重心、または慣性テンソルが、何らかの入力 (多くの場合は単に時間そのもの) に応じて変化しなければならない特殊なケースでは、固体ジオメトリについての仮定を行わずに General Variable Mass ブロックを保持します。バックホーによる荷のすくい上げ (可変質量の例)、昇降機上の乗員の移動 (可変重心の例)、タンク ローリー内の流体荷重のスロッシング (可変慣性テンソルの例) などのイベントをモデル化できます。

慣性パラメーター

固体ブロックはジオメトリ データにアクセスできるため、形状と質量が与えられると慣性パラメーターを計算することが可能です。この機能により、モデルで指定しなければならないパラメーターの数が大幅に少なくなります。自動慣性計算は、Brick SolidCylindrical Solid などの固体ブロックでは常に有効です。これは固体ブロック内で既定で有効になります。つまり、この設定は変更可能です。

たとえば、大まかなジオメトリしかないボディの慣性を正確に捉える目的で、慣性パラメーターを明示的に指定することもできます。バックホーの掘削アームに特有の形状など、単純な Brick Solid ブロック形状を使用して近似した不規則な形状のリンクはその一例です。この場合、固体ジオメトリはあまり正確ではなく、CAD (またはその他) のデータを使用して慣性パラメーターを指定した方がよい可能性があります。

慣性の明示的な指定を選択する場合、使用可能なパラメーター表現は 2 つあります。1 つは、固体または慣性を質点として扱うことができる [Point Mass] パラメーター表現です。もう 1 つは、固体または慣性を分布質量として扱うことができる [Custom] パラメーター表現です。[Inertia][Type] ドロップダウン リストを使用して、用途に最も適したオプションを選択することができます。

[Point Mass][Custom] のパラメーター表現は、慣性の明示的な指定をサポートするブロックでしか使用できないことに注意してください。[Body Elements]、[Variable Mass] ライブラリの可変固体ブロックでは、どちらも提供されていません。それらのブロックでは、重心と慣性テンソルは固体のジオメトリと密度に厳密に制約されており、そのため、常にシミュレーション時に自動計算されます。

[Point Mass] 近似.  質点は、慣性パラメーターとして重心と総質量のみをもつ近似であり、並進慣性の大きさ、したがって並進速度の急な変化への抵抗の大きさを表します。回転慣性はごくわずかであると見なされ、無視されます。重心の位置は、ローカル基準座標系の原点に対して変化する可能性があります。

[Custom] 質量分布.  分布質量は、より一般的な慣性の表現です。その慣性パラメーターには、総質量と重心だけでなく、慣性モーメントと慣性乗積も含まれます。慣性モーメントと慣性乗積は、慣性テンソルまたは慣性行列と呼ばれるもので構成されます。マルチボディ モデリングの観点から、空間における質量の分布を完全に記述するには、これらのパラメーターをすべて合わせれば十分です。

ジョイント接続に関するメモ.  質点など、慣性モーメントがゼロの慣性の接続先が、回転自由度をもつジョイントであり、少なくともその一部が回転ジョイント プリミティブまたは球面ジョイント プリミティブの一部を構成されている場合は注意が必要です。ジョイントの回転軸を中心とした慣性モーメントの組み合わせは、両側で非ゼロでなければなりません。この理由は簡単で、軸を中心とした角加速度は、その軸を中心とした慣性モーメントがゼロの場合、かかるトルクに関係なく無限大になるためです。この挙動は物理的なものではなく、モデルでは許可されていません。

基準座標系

Body Elements ライブラリのブロックには、モデルのコンテキスト内でのそれぞれの要素 (固体、慣性) の配置を決定するために接続する基準座標系端子があります。基準座標系はそれらの要素の固定部分であるため、必然的に 1 つのユニットとして要素とともに移動します。基準座標系は、要素の慣性やジオメトリ (固体では) を定義するために直接または間接的に使用されます。

座標系の概念に詳しくない場合は、座標系の取り扱いを参照してください。簡単にいうと、座標系は直交座標系によく似た 3 本の軸の組み合わせです。Solid ブロックの座標系作成インターフェイスまたは Rigid Transform ブロックのパラメーターを使用して、その位置と向きを定義できます。モデル内での固体、慣性、ジョイントと拘束、力とトルク、センサーの位置と向きは、すべて座標系を使って定義します。

固体の基準座標系

可視化のオプション

モデル内の固体および慣性を可視化することができます。得られる可視化のタイプは、使用するブロックによって異なります。[Body Elements]、[Variable Mass] ライブラリでのブロックを含めて、固体ブロックでは、指定したジオメトリを使用してそれぞれの要素を可視化できます。簡単なグラフィックス マーカーを使用して、固体を球体などに可視化できます。これにより、たとえば、ジオメトリが不正確さが既知である場合に、その位置を強調表示することができます。

慣性にはジオメトリと色がないため、必然的にジオメトリをベースとした可視化はサポートされません。このような要素は代替手段を用いて可視化しなければなりません。要素が General Variable Mass ブロックと関連付けられている場合は、固体ブロックで提供されているものと同じグラフィックス マーカーまたは同等の慣性楕円体を使用できます。慣性楕円体は、指定した慣性パラメーターに寸法が直接依存する形状です。要素が Inertia ブロックと関連付けられている場合は、固体ブロックのマーカーまたは慣性アイコンを使用できます。

可視化の詳細については、モデルおよびそのコンポーネントの可視化を参照してください。

実践: モデルへの慣性の追加

単純な固定慣性を二重振子のモデルに追加して外側のリンクの自由端に配置し、[Point Mass] パラメーター表現を使用して質量を 25 g に設定します。

  1. MATLAB® コマンド プロンプトで「openExample("sm/DocDoublePendulumModelExample")」と入力します。二重振子のモデルが開きます。その中には、3 つの Simulink Subsystem ブロックがあり、それぞれがボディを表しています。モデルに別の名前を付けて、任意のフォルダーに保存します。

  2. Body Elements ライブラリから Inertia ブロックを追加し、その基準座標系端子 (R のラベル) を Binary Link A1 ブロックの右端の座標系端子に接続します。この端子に関連付けられている座標系は、二重振子の自由端に位置しています。

  3. Inertia ブロックのダイアログ ボックスで、[Mass] パラメーターを、バイナリ リンクの質量 (130 g) のおよそ 1/4 に相当する値である 25 g に設定します。このブロックの [Point Mass] パラメーター表現を使用すると、回転慣性パラメーターを無視できます。

  4. モデルをシミュレートします。Mechanics Explorer が開き、更新された二重振子の動的可視化が表示されます。慣性要素の位置を表すために使用されている慣性アイコンに注目してください。

    「実践: [Custom] 慣性の指定」で、[Custom] 慣性のパラメーターの指定方法を示す例を参照してください。

固体と慣性の複合化

固体形状が複雑になるにつれて、慣性パラメーターの指定はますます煩雑になります。このような場合には、複合化という別のアプローチの方が適しているかもしれません。複雑な固体や慣性は、より単純な要素の集合体と考えることができます。Inertia ブロックや General Variable Mass ブロックを使用している場合は、要素の慣性パラメーターを明示的に指定し、Solid ブロックを使用している場合は、自動計算用にパラメーターを設定することができます。

比較的単純な複数の要素を、座標系接続ラインや、必要であれば Rigid Transform ブロックなどによって剛結合すると、表現しようとしている、複雑な固体または慣性の特性と正に同一の慣性特性をもつ集合体が取得されます。次の図のバイナリ リンクを例として使用します。リンクを 3 つのセクションに分割し、別々のブロックを使用して各セクションを表し、適切な剛体変換を用いてそれぞれの基準座標系を接続することができます。

複合化を介してバイナリ リンクのジオメトリを指定する方法を示す例は、複合ジオメトリの作成を参照してください。

減算としての負の慣性

Simscape Multibody 環境では、慣性パラメーターが正である必要はありません。これには質量と慣性モーメントが含まれますが、いずれのパラメーターも物理的な世界では厳密に正となります。負の慣性を使用すると、中空セクションをもつ複合慣性を減算によってモデル化できるため、一部のモデルで役立ちます。

再度、バイナリ リンクを例として使用します。1 つのブロックを使用して、リンクを穴のない単一のピースとして表現し、ブロックを追加することでその両端から穴の慣性を差し引くことができます。前回と同様に、剛体変換を使用して、慣性の基準座標系を相互に適切な配置にしなければなりません。

複合化で慣性を指定する方法を示す例は、複合慣性の作成を参照してください。

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