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物理ネットワークのモデル化の基本原則

物理システムのモデル化を行うための物理ネットワーク アプローチの概要

Simscape™ ソフトウェアは、Simulink® 環境で物理システムをモデル化するための一連のブロック ライブラリと特殊なシミュレーション機能で構成されています。ここでは、標準の Simulink のモデル化アプローチとは異なる、実際の物理コンポーネントで構成されるシステムのシミュレーションに特に適した物理ネットワーク アプローチが使用されています。

Simulink ブロックは基本的な数学演算を表します。Simulink ブロックを結合して生成されるブロック線図は、設計対象のシステムの数学的なモデルまたは表現に相当します。Simscape テクノロジーを使用すると、物理ネットワーク アプローチに基づいて、設計対象のシステムのネットワーク表現を作成できます。このアプローチでは、各システムは、端子経由でのエネルギー交換により相互作用する機能要素から構成されるものとして表されます。

これらの接続端子に方向性はありません。これらは要素間の物理的接続を再現したものです。Simscape ブロックの接続は、ポンプやバルブなど、実際のコンポーネントの接続と類似しています。つまり、Simscape のブロック線図は物理的システムのレイアウトを再現しています。物理コンポーネントが接続可能な場合は、モデルの接続も可能です。実際の物理コンポーネントを接続するときに流れの方向と情報の流れを指定する必要がないのと同様、Simscape ブロックの接続時にもこれらの情報を指定する必要はありません。物理ネットワーク アプローチではスルー変数とアクロス変数および無方向性の物理接続により、変数や方向性などに関する従来の問題をすべて自動的に解決しています。

各要素の接続端子の数は、システム内の他の要素と交換するエネルギーの流れの数によって決定され、理想化のレベルによって異なります。たとえば、最も単純な形式の固定容量型油圧式ポンプは端子 2 つの要素で表されます。エネルギーの流れの一方は入口 (吸引) と関連付けられ、もう一方は出口と関連付けられます。この表現では、駆動シャフトの角速度は一定であると想定されています。これにより、ポンプとシャフト間のエネルギー交換を無視できるようになります。可変駆動トルクを説明するには、駆動シャフトに関連付けられた 3 番目の端子が必要となります。

エネルギーの流れは変数によって特徴付けられます。エネルギーの流れはそれぞれ 2 つの変数 (1 つのスルー変数と 1 つのアクロス変数) に関連付けられています (詳細は変数のタイプを参照してください)。通常、これらの変数の積がエネルギーの流れ (ワット単位) となります。これらの変数は基本変数または対の変数と呼ばれています。たとえば、機械並進システムの基本変数は力と速度、機械回転システムではトルクと角速度、油圧システムでは流量と圧力、電気システムでは電流と電圧です。

次の例は、複動式油圧シリンダーの物理ネットワーク表現を図示したものです。

この要素は 3 つのエネルギーの流れで表されます。シリンダーの出入口を経由する 2 つの油圧エネルギーの流れと、ロッドの運動に関連する機械エネルギーの流れです。そのため、次の 3 つの接続端子があります。

  • A — 圧力 p1 (アクロス変数) と流量 q1 (スルー変数) に関連付けられた油圧保存端子

  • B — 圧力 p2 (アクロス変数) と流量 q2 (スルー変数) に関連付けられた油圧保存端子

  • R — ロッドの速度 v3 (アクロス変数) と力 F3 (スルー変数) に関連付けられた機械並進保存端子

接続端子のタイプの詳細は、接続端子と接続ラインを参照してください。

変数のタイプ

物理ネットワーク アプローチでは、2 つのタイプの変数を使用できます。

  • スルー — 要素と直列に接続された計器で測定される変数。

  • アクロス — 要素と並列に接続された計器で測定される変数。

次の表は、Simscape ソフトウェアにおいて各物理ドメインのタイプに関連付けられているスルー変数とアクロス変数の一覧です。

物理ドメインアクロス変数スルー変数
電気電圧電流
気体絶対圧力と絶対温度質量流量とエネルギー流量
油圧ゲージ圧力体積流量
等温流体絶対圧力質量流量
磁力起磁力 (mmf)磁束
機械回転角速度トルク
機械並進並進速度
湿り空気絶対圧力、温度、比湿 (水蒸気の質量分率)、微量気体の質量分率混合体の質量流量、混合体のエネルギー流量、水蒸気の質量流量、微量気体の質量流量
温度熱流量
熱流体絶対圧力と絶対温度質量流量とエネルギー流量
二相流体絶対圧力と比内部エネルギー質量流量とエネルギー流量

数学モデルの作成

すべてのエネルギーの流れに関連付けられているスルー変数とアクロス変数に基づいて、ブロックの数学モデルが作成されます。

たとえば、前の図で示した複動式油圧シリンダーのモデルは、次のような単純な一連の方程式で記述することができます。

F3=p1·A1p2·A2

q1=A1·v3

q2=A2·v3

ここで、

q1,q2端子 A および B をそれぞれ経由する流量 (スルー変数)
p1,p2端子 A および B それぞれにおけるゲージ圧力 (アクロス変数)
A1,A2ピストンの有効面積
F3ロッドの力 (スルー変数)
v3ロッドの速度 (アクロス変数)

モデルはこれよりかなり複雑になる場合があります。たとえば、摩擦、流体圧縮率、可動部分の慣性などを説明することもあります。しかし、こうした異なる数学的モデルはいずれも要素の構成 (端子の数とタイプ、関連付けられているスルー変数とアクロス変数) が同じです。そのため、物理ネットワーク アプローチを使用すれば、概略を変更せずにさまざまな複雑度のモデルを置き換えることができます。たとえば、Foundation ライブラリの Hydraulic Resistive Tube ブロックを使用してシステムの開発を開始できますが、このブロックでは摩擦損失のみが考慮されています。開発の後の段階で、流体圧縮率の考慮が必要となる可能性があります。その場合は、Simscape Fluids™ ブロック ライブラリで使用できる Hydraulic Pipeline ブロックに置き換えることができます。また、用途によっては流体慣性への対応も必要となることがあり、その場合は Segmented Pipeline ブロックに置き換えることも可能です。このモデル化の原則はインクリメンタル モデリングと呼ばれています。

変数の方向

各変数は大きさと符号で表されます。この符号は測定の向きにより決定されます。同じ変数でも、測定計器の極性によって正にも負にもなり得ます。

端子が 2 つだけの要素は、スルー変数とアクロス変数という 1 組の変数で表されます。これらの変数は密接に関連しているため、その向きは 1 つの方向を用いて定義されます。たとえば、要素が端子 A から端子 B に向かうよう設定されている場合、A から B に "流れる" ならスルー変数 (TV) は正で、アクロス変数は AV = AVA – AVB により求められます。ここで、AVA と AVB は要素ノードのポテンシャル、すなわち端子 A および端子 B におけるこのアクロス変数のそれぞれの値です。

このアプローチにより変数の方向を表すと、次のような利点があります。

  • 要素がアクティブかパッシブかを単純で一貫した方法で判別できます。エネルギーはシミュレーションで決定する最も重要な特性のひとつです。変数の方向、つまり符号を上記のように決定した場合、要素がエネルギーを消費する場合は変数の積 (エネルギー) が正となり、システムにエネルギーを供給する場合は負となります。このルールは Simscape ソフトウェア全体で適用されます。

  • モデルの記述が簡略化されます。記号 A → B を使用するだけで、アクロス変数とスルー変数の両方について変数の極性が指定されます。

  • 有向グラフ理論をネットワークの解析と設計に適用できます。

変数方向ルールの例として、Ideal Force Source ブロックを考えてみましょう。このブロックでは、他の多くの機械ブロックと同様に、端子 C はソース基準点 (ケース) に関連付けられ、端子 R はロッドに関連付けられています。

このブロックの正方向は端子 C から端子 R に向かう方向です。つまり、力が C から R への方向に働く場合、力は正となり、端子 R に接続されている物体は正方向に加速します。相対速度は v = vCvR として決定されます。ここで、vR および vC はそれぞれ端子 R および端子 C での絶対速度です。端子 R での速度が端子 C での速度より大きい場合、この相対速度は負になります。ソースにより生成される仕事率は力と速度の積として計算され、ソースがシステムにエネルギーを供給している場合は負になります。正方向の定義はブロックによって異なり、ブロックのヘルプで確認できます。

正方向の定義は各ブロックによって異なります。ブロックの向きと変数の方向について確信がもてない場合は、ブロックのソースまたはブロックのリファレンス ページを確認してください。

ネットワーク内のすべての要素は、システムにエネルギーを供給しているか、エネルギーを消費 (または保存) しているかによって、アクティブな要素とパッシブな要素に分けられます。アクティブな要素 (力源と速度源、流量源と圧力源など) はシステム内で実行が想定される動作や機能に厳密に従って方向を設定しなければなりません。一方、パッシブな要素 (ダンパー、抵抗、バネ、パイプラインなど) はどちらの方向を向くこともできます。

接続端子と接続ライン

Simscape ブロックには次のタイプの端子があります。

  • 物理量保存端子 — 物理的な接続を表し、物理ネットワーク アプローチに基づいて物理的変数を関連付ける無方向の端子 (油圧や機械など)。

  • 物理量信号端子 — 内部 Simscape エンジンを計算に使用する、信号を伝送する単方向の端子。

これらの端子と各端子間の接続については、以下で詳しく説明します。

物理量保存端子

Simscape ブロックには特殊な保存端子 があります。保存端子は通常の Simulink ラインではなく物理接続ラインに接続します。物理接続ラインには固有の方向性はなく、物理ネットワーク アプローチに従ってエネルギーの流れの交換を表します。

  • 保存端子は他の同じタイプの保存端子にしか接続できません。

  • 保存端子間を接続する物理接続ラインは無方向のラインで、信号ではなく物理変数 (前述のとおり、アクロス変数とスルー変数) を伝達します。物理ラインを Simulink 端子や物理量信号端子に接続することはできません。

  • 直接的に接続される 2 つの保存端子は、すべてのアクロス変数 (圧力や角速度など) に対し同じ値をもたなければなりません。

  • 物理接続ラインは分岐させることができます。この場合、互いに直接接続されているコンポーネントは同じアクロス変数をそのまま共有します。物理接続ライン経由で伝送される任意のスルー変数 (流量やトルクなど) は、分岐で接続されている複数のコンポーネント間で分割されます。スルー変数がどのように分割されるかは、システム ダイナミクスによって決定されます。

    各スルー変数について、分岐点に流入する値の合計は、分岐点から流出する値の合計と等しくなります。

Simscape ブロックで使用される物理量保存端子の各タイプは、物理モデリング ドメインを一意に表します。端子のタイプと、各タイプに関連付けられているスルー変数とアクロス変数の一覧は、変数のタイプの表を参照してください。

ブロック線図の読みやすさを向上させるため、各 Simscape ドメインは、接続ラインに対して、異なる既定の色とライン スタイルを使用します。詳細は、ドメイン固有のライン スタイルを参照してください。

物理量信号端子

物理量信号端子 は Simscape ブロック間で信号を伝達します。Simulink の信号接続と同様に、通常の接続ラインで接続します。物理量信号端子は、Simscape ブロック線図で Simulink の入出力端子の代わりに使用します。これにより計算速度が向上し、代数ループの問題が回避されます。物理量信号には単位を関連付けることができます。ブロックのダイアログまたはプロパティ インスペクターで単位をパラメーター値と共に指定すると、Simscape ソフトウェアは物理ネットワークを解決する際に必要な単位変換処理を実行します。

Simscape の Foundation ライブラリには、Physical Signals ブロック ライブラリなどのサブライブラリがあります。これらのブロックは物理量信号に対して数学演算などの機能を実行します。また、物理ネットワーク内で方程式をグラフィカルに実装することができます。

物理量信号ラインにも、物理接続ラインと同様に、ブロック線図において固有のスタイルと色があります。詳細は、ドメイン固有のライン スタイルを参照してください。

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