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サイリスタを使った高圧直流送電システム (HVDC)

サイリスタを使った高圧直流送電システム (HVDC) の説明

この節の例では、12 パルス形のサイリスタ コンバーターを使用した高圧直流 (HVDC) 送電リンク [1] のモデル化を説明します。そのシステムの特性を調べるために、摂動法を適用します。この例の目標は、Simscape™ Electrical™ Specialized Power Systems ブロックを Simulink® ブロックと組み合わせて、12 パルス形の HVDC 送電システムの極全体のシミュレーションで利用する方法を説明することです。

power_hvdc12pulse モデルを開き、元のシステムにさらに変更を加えることができるように名前を変更して保存します。

1000MW (500kV、2kA) 高圧直流送電システム (HVDC) は、500kV、5000MVA、60Hz の交流電力系統から 345kV、10000MVA、50Hz 交流電力系統に高圧直流送電するシステムとします。それらの交流電力系統は、基本周波数 (60Hz もしくは 50Hz) と第 3 次高調波成分で 80°のインピーダンスの位相角をもち、さらにダンピング作用をもつ L-R 等価回路で表されます。

その整流器とインバーターは、2 つの直列接続された Universal Bridge ブロックを使用してモデル化した 12 パルス形のコンバーターでそれぞれ構成されます。それらのコンバーターは、300km の送電線と 0.5H の平滑リアクトルを介して接続されています。それらのコンバーターの変圧器 (Y 結線/Y 結線 (接地)/Δ結線) は、Three-Phase Transformer (Three-Windings) ブロックを使用してモデル化されています。ただし、変圧器のタップの位置を変えて、シミュレーションすることはできません。タップの位置は固定され、変圧器の一次側の定格電圧に適用される増倍率で決定されます。その定数値は、整流器側で 0.90、インバーター側で 0.96 に設定されています。

交流電力系統からみると、高圧直流送電システム (HVDC) は高調波電流源として振る舞います。直流電力系統からみると、高調波電圧源として振る舞います。

これらの電力系統システムで発生する第 n 次高調波成分は、コンバーターで設定されるパルス数 p に関連します。AC 電流では n = kp ± 1、直流電圧では n = kp となり、k は任意の整数です。たとえば、p = 12 の場合、発生する高調波成分は、交流電力系統側で第 11 次、第 13 次、第 23 次、第 25 次、直流電力系統側で第 12 次と第 24 次の高調波となります。

AC フィルターを表す AC filters 60 Hz 600 Mvar サブシステムには、第 2 n +1 次の奇数次数の高調波電流が、交流電力系統全体に広がらないようにするために使用されます。その AC フィルターを表すサブシステムの中には、さらに 2 種類のサブシステムがあり、大容量のコンデンサを表す Capacitor banks ブロック (Three-Phase Series RLC Load ブロックの名前を変更)、高調波フィルターを表す Tunedfilters ブロック、High-pass damped filter ブロック (Three-Phase Harmonic Filter ブロックの名前を変更) により構成されます。これらの AC フィルターは、基本周波数においては大容量のコンデンサでもあります。そして、これらの AC フィルターは、点弧角 α のときにコンバーターで生じる電力消費を補償するために、必要となる無効電力を供給します。サイリスタの点弧角 α=30°の場合、必要となるコンバーターの無効電力は、定格負荷時に送電される電力のおよそ 60% です。AC フィルターのサブシステムには、第 11 次、第 13 次の高調波成分で高い Q (100) をもつように調整されたフィルター、または第 24 次以上の高調波成分を除去するために使う低い Q (3) をもつように調整されたフィルターが含まれています。割増し分の無効電力がコンデンサ バンクで供給されます。

2 つの Breaker ブロックは整流器の DC 側とインバーターの AC 側に故障を発生させて、システムの性能を調べます。

電力系統システム、制御システム、保護システムは、共に同じサンプル時間 Ts = 50µs で離散化されます。いくつかの保護システムは、1ms または 2ms のサンプル時間で動作します。

AC、DC システムの周波数応答

簡単な回路の解析では、Impedance Measurement ブロックを使って、状態空間モデルで表された線形システムにおけるインピーダンスをどのように計算するかを説明しました。コンバーターのサイリスタ バルブは非線形素子を表すブロックであるので、それらの非線形素子はインピーダンスの計算を行う際に無視され、サイリスタ バルブが開放した条件でインピーダンスを求めています。

整流器とインバーターのサブシステムは、Impedance Measurement ブロックを使用して AC システムの A 相と B 相の間の周波数応答を測定します。2 つの相間のインピーダンスの測定値は、A 相と B 相の 2 倍の値として求まります。そのため、Impedance Measurement ブロックで増倍率 1/2 を指定して、正しいインピーダンスの測定値を取得します。ZDC の Impedance Measurement ブロックは、直流送電線の整流器端子側でインピーダンスを測定します。

Powergui の Impedance vs Frequency Measurement ツールを使用して、3 つの Impedance Measurement ブロックで測定された振幅と位相を周波数の関数として表示できます。

Zrec、Zinv、ZDC ブロックにより測定した 3 種類のインピーダンスの大きさを、以下に示します。

AC システム (整流器、インバーター) と DC システム (直流送電線) の正相インピーダンス

AC システムのインピーダンス Z の大きさ (|Zinv|、|Zrec|) には、2 つの最小値があることに注目してください。これは共振現象であり、この現象は、第 11 次、第 13 次の高調波フィルターの影響で発生しています。この共振現象は、60Hz の AC システムにおいて、660Hz と 780Hz で発生しています。誘導性の交流電力系統システムに 600 Mvar の容量性の AC フィルターを追加することが、新たな共振現象 (Rectifier サブシステム側ではおよそ 188 Hz、Inverter サブシステム側でおよそは 220 Hz) を引き起こしているのです。60 Hz の周辺では、振幅は 60 Hz システムに対して 56.75 Ω となっています。これは、整流器側 (5000 MVA - 600 Mvar のフィルター) における短絡電力 5002/56.75 = 4405 MVA に一致しています。

DC システム側では、240Hz に直列共振現象が起こっていることに注目してください。これは、大きな擾乱に対して DC システム側で励起されやすい主な振動周波数に一致しています。

制御システムと保護システム

Rectifier Pole Control (Current) サブシステムと Inverter Pole Control (Current/Voltage/Gamma) サブシステムは、両方のコンバーターに対して指令電流を生成し、直流電力送電の開始と停止を行います。インバーターでは、Gamma Measurement サブシステムは、6 パルス サイリスタ コンバーターの消弧角 γ を測定します。

整流器とインバーターの保護システム (Rectifier Protection サブシステム、Inverter Protection サブシステム) は、保護動作のオン/オフを切り替えることができます。整流器において、DC 地絡保護は、直流送電線における故障を検出し、その障害を除去するために必要な処理を行います。整流器とインバーターのどちらにもある Low AC Voltage Detection サブシステムは、AC 地絡故障と DC 地絡故障を区別するために使用されます。インバーターでは、Commutation Failure Prevention Control サブシステム [2] が、AC 電圧の低下により生じる、サイリスタの転流失敗を軽減させるような処理を行います。

サイリスタの点弧パルスの同期と生成を行うシステム

12 のサイリスタの点弧パルスの同期と生成は、12-Pulse Firing Control サブシステムで行われます。このシステムは、コンバーター コントローラーによって算出された α 点弧角に基づいて、一次電圧を使用してパルスの同期と生成を行います。同期した電圧は、整流器やインバーターの変圧器の一次側で測定します。これは、一次側の方が、波形歪みが小さいためです。位相同期回路 (PLL: Phase Locked Loop) は、正相の電圧の基本波成分で同期化された 3 つの電圧を生成するために使用されます。サイリスタの点弧パルス発生器は、PLL が生成する 3 つの電圧に対して同期化されます。それは、転流電圧 (A-B 相、B-C 相、C-A 相) のゼロ クロス時にランプ信号がリセットされて、これで同期が得られます。ランプ信号がコントローラーから供給される所望のサイリスタの点弧遅延角に等しくなるたびにサイリスタの点弧パルスが発生するようになっています。

定常状態の V-I 特性

Rectifier Pole Control サブシステムと Inverter Pole Control サブシステムは、この定常状態の特性を実装します。

整流器とインバーターの定常状態の特性と VDCOL 関数

通常動作において、整流器は電流を Id_ref の参照値に制御しますが、一方、インバーターは電圧またはサイリスタの消弧角 γ を Vd_ref または Gamma_min の指令値に制御します。

このシステムは、通常、上図に示す点 1 (Operating point1) において動作します。しかし、整流器のある AC システム 1 において、電圧低下が発生するような重大な故障が起こると、動作点は点 2 (Operating point 2) に移動します。したがって、整流器は強制的に α の最小値制限モードになり、インバーターは電流制御モードに移行します。同様に、インバーターのある AC システムにおいて、電圧低下は γ の制御モードに変更し、サイリスタの消弧角を γ の最小値に制限します。重大な故障が起こるとサイリスタの転流余裕を増加させ、サイリスタの転流失敗が生じる可能性を軽減するために、より迅速な保護システムによる処理が必要になります。Commutation Failure Prevention Control サブシステム (インバーターの保護システムにあるサブシステム) は、交流電力システムの故障などで電圧が低下する間、サイリスタの点弧遅延角 γ の最大制限値を小さくするような信号を生成します。

メモ:

γ = 消弧角 = 180º - α - µ、µ = 転流角または重なり角

VDCOL 関数

もう 1 つの重要な制御関数が、DC 電圧の値に応じて指令電流を変化させるために使われています。この制御は、電圧依存性電流制限制御 (VDCOL: Voltage Dependent Current Order Limiter) と呼ばれ、VdL が低下すると (たとえば、直流送電線の地絡故障や交流の重大な地絡故障の発生時)、自動的に指令電流 (Id_ref) を減少させます。指令電流 Id の減少は、交流システムにおける無効電力の需要の減少を引き起こすので、故障状態から回復するのを助けることになります。VDCOL パラメーターを次の図で説明します。

VDCOL 関数の V-I 特性、Id_ref = f(VdL)

線間電圧 Vd がしきい値 VdThresh を下回ると、電流 Id_ref は減少し始めます。コントローラーで使用される実際の指令電流は、第 2 コントローラー出力 Id_ref_lim で得られます。IdMinAbsId_ref の絶対最小値を表します。直流送電線の電圧がしきい値 VdThresh を下回ると、VDCOL が瞬間的に Id_ref まで低下しますが、DC 電圧が回復するときは、VDCOL が Id_ref の立ち上がり時間を、パラメーター Tup によって設定した時定数に制限します。

電流制御器、電圧レギュレーター、γ 制御器

整流器とインバーターの制御には、どちらもサイリスタの点弧角 αi を計算する電流制御器があります。インバーターでは、電流制御器と共に、電圧レギュレーターおよび γ (サイリスタの消弧角) 制御器が動作します。後者の 2 つの制御器は、サイリスタの点弧角 αv およびサイリスタの消弧角 αg を計算します。サイリスタの有効点弧角αは、αiαv 、αg の最小値です。これらすべての制御器は、比例-積分制御器 (PI 制御器) です。これらは、α がその最小値と最大値の範囲内 (整流器では 5° < α < 166°、インバーターでは 92° < α < 166°) にある限り、電流、電圧、γ の応答が基準電流 (Id_ref_lim)、基準電圧 (Vd_ref)、または基準 γ 値 (Gamma_min) と等しくなるよう維持するために、低周波数 (< 10 Hz) でのゲインが十分高くなければなりません。以前に述べたように、Commutation Failure Prevention protection サブシステムから受け取る信号 (D_alpha) は、インバーターにおいて 166º の制限値を一時的に小さくすることができます。これら 3 つの PI 制御器の比例ゲイン Kp、積分ゲイン Ki は、それぞれ指令電流にわずかの摂動を与えて調整されます。

制御器に関して特別に設定しなくてはならないことは、比例ゲインの線形化です。整流器とインバーターで生成される電圧 Vd は cos(α) に比例するので、サイリスタの点弧角の変化Δαによる電圧変化ΔVd は sin(α) に比例することになります。したがって、有効ゲインの定数 Kp の値は sin(α) に比例します。サイリスタの点弧角 α に独立で一定の比例ゲイン Kp を保つために、有効ゲインは比例ゲイン Kp に 1/sin(α) を掛けて線形化します。この線形化の処理は、Rectifier ブロックと Inverter Pole Control ブロックで指定する 2 つの限界値で定義される α の範囲内で適用されます。

システムの起動/停止 - 定常状態とステップ応答

このシステムは、始動から定常状態までをシミュレーションできるようにプログラムされています。最初にステップ信号が指令電流に適用され、その後にステップ信号が指令電圧に適用されるので、制御器の動的な応答を観測できます。最後に、停止処理が開始して、コンバーターをブロックする前に高圧直流送電が滑らかに低下します。コンバーター コントローラーで、停止信号を受け取った後、Forced_alpha が 0.15 秒間指令され、0.1 秒後にパルスの遮断が指令されることに注目します。

シミュレーションを開始し、RECTIFIER (または INVERTER) という名前の Scope ブロックの信号を観測してください。以下に、それらの波形を示します。

DC システムの起動/停止と指令電流と基準電圧に適用されるステップ信号に対する応答

Master Control では、コンバーターを駆動するパルス発生器の出力のブロックが解除され、t = 20 ms で指令電流がランプ状に変化することで電圧送電が開始します。指令電流は、0.3 s で最小値 0.1 pu に到達します。DC 電流は徐々に増加し、DC 電圧はその定格電圧まで増加していることが観測できます。t = 0.4 秒において、指令電流は 0.18s (5pu/s) で 0.1pu から 1pu (2kA) までランプ状に変化します。DC 電流は、およそ 0.58 s に起動処理が終了して定常状態に到達します。整流器は電流を制御し、インバーターは電圧を制御します。RECTIFIER と INVERTER という名前の Scope ブロックで観測される波形において、第 1 表示は DC 電圧 VdL(1pu = 500kV) とインバーターの指令電圧 Vd_ref を示します。第 2 表示は指令電流 Idref_lim と測定された電流 Id (1 pu = 2 kA) を示します。指令電流がランプ状の期間、インバーターは実際に電流(第 4 表示: Mode = 1) を Current Margin (0.1 pu) よりも小さな値 Id_ref_lim に制御しています。整流器は Id_ref_lim で電流を制御しようとします。インバーターでは、制御モードが電流制御から γ 制御 (Mode = 6) に変わり、その後 t = 0.3 秒で電圧制御モード (Mode = 2) に安定します。整流器はこの時点から電流制御モードになります。しかし、次の段落で説明するように、インバーターでの基準電圧の増加に伴う DC 電圧の増加中は、制御モードの変化が起こり、α が最小値 5 度 (Mode = 3) に制限されます。t = 1.3 秒から 1.4 秒までの期間に測定される定常状態では、サイリスタの点弧角 α は、整流器側とインバーター側でそれぞれおよそ 16.5 度と 143 度です。インバーター制御は、2 つの 6 パルス ブリッジ (すなわち、Y 形と Δ 形の巻線に接続されたブリッジ) の各サイリスタに対して消弧角 γ を測定します。この γ の測定は、電流導通の終わりから転流電圧のゼロクロッシング時点まで、電気角で表現された経過時間を求めることで得られます。第 5 表示には、最後の 12 個 (Δ コンバーターの 6 個と Y コンバーターの 6 個) の消弧角で測定された γ の平均値を γ の指令値と共に示しています。定常状態において、平均の γ はおよそ 22.5 度です。

t = 0.7 秒に、0.1 秒間、-0.2 pu のステップ信号が指令電流に適用されます。したがって、制御器の動的な応答を観測できます。その後、t = 1.0 秒に、0.1 秒間、0.1pu のステップ信号がインバーターの基準電圧に適用されます。インバーターでは、サイリスタの消弧角が参照値 (たとえば、許容最小値) に到達し、γ 制御器がおよそ 1.1 s で制御を開始することが観測されます。およそ 1.3 s では、電圧レギュレーターが電圧の制御を再開します。

t = 1.4 秒で、電流を 0.1 pu までランプ状に低下させることによって停止処理を開始します。t = 1.6 秒で、整流器における Forced-alpha (166 度まで) は電流をゼロにし、インバーターにおける、Forced-alpha (limited rate で 92 度まで) は、送電線のコンデンサに蓄えられた充電電圧が原因で DC 電圧が低下します。t = 1.7 秒において、サイリスタの駆動パルスはいずれのコンバーターにおいてもブロックされます。

定常状態の理論とシミュレーションの比較

DC システムに関して、理論的に導出される結果とシミュレーションによる結果を比較できるように、その定常状態を決定する主な方程式を以下に示します。

次の式は、12 パルス ブリッジの直流電圧の平均 Vd を、直流電流 Id とサイリスタの点弧角 α に関連付けます。ただし、変圧器とサイリスタでの抵抗による損失は無視しています。

Vd=2×(Vdo×cos(α)Rc×Id)

ここで、Vdo は理想的な無負荷状態における 6 パルス ブリッジの直流電圧で、以下の式で表されます。

Vdo=(32/π)×Vc

Vc は、線間転流電圧の実効値で、これは AC システムの電圧と変圧器の巻線比 (変圧比) に依存した値です。

Rc は、等価な転流抵抗です。

Rc=(3/π)×Xc

Xc は、サイリスタ バルブ側での転流リアクタンス、すなわち変圧器のリアクタンスです。

一方、シミュレーションでは、次のような整流器のパラメーターが使用されています。

電圧 Vc には、500 kV 母線におけるサイリスタの有効点弧角での電圧と変圧比を考慮しなければなりません。AC_RECTIFIER という名前の Scope ブロックでそれらの波形を表示すると、直流電流 Id が定常値 (1pu) に達したとき、電圧 Vc が 0.96 pu になっていることがわかります。

整流器用変圧器のダイアログ ボックスを開くと、一次側の定格電圧に 0.90 の増倍率が適用されていることがわかります。したがって、インバーターに印加された電圧は、1/0.90 倍に増加されています。

Vc = 0.96 * 200 kV/0.90 = 213.3 kV
Id = 2 kA
α = 16.5º
Xc = 0.24 pu, based on 1200 MVA and 222.2 kV = 9.874 Ω

したがって、この理論的に導出される電圧値 Vd は、インバーター電圧と直流送電線 (R = 4.5Ω) と整流器の平滑リアクトル (R = 1Ω) の電圧降下から計算される整流器の電圧値とほぼ一致するので、次式で表すことができます。

Vd=VdLinverter+(RDCline+Rinductance)×IdVd=500kV+(4.5Ω+1Ω)×2=511kV

サイリスタの転流角、すなわち重なり角 µ も、計算で得られます。その転流角 (重なり角) μ の理論値は、サイリスタの点弧角 α、DC 電流 Id、転流リアクタンス Xc に依存する値となります。

Vdo=(32/π)×213.3=288.1kV

Rc=(3/π)×9.874=9.429Ω

Vd=2×(288.1kV×cos(16.5°)9.429×2)=515kV

μ=acos[cos(α)XcId2Vc]αμ=acos[cos(16.5°)9.87422213.3]16.5°=17.6°

ここで、2 つのサイリスタ バルブでの電流を観測することにより、転流角 μ を確認します。これらは、たとえば、整流器の Y 6 形のパルス ブリッジにおいて、サイリスタ バルブ 1 での電流がゼロになるときとサイリスタ バルブ 3 での電流がゼロから立ち上がるときの時間差により求めます。これらの信号は、VALVE13_RECT という名前の Scope ブロックで観測できます。

この Scope ブロックで観測される 2 サイクル分の拡大した波形を、次の図に示します。測定された転流角 μ は、50μs の 14 ステップ分、すなわち 60Hz 周期の 15.1度であることがわかります。50 μs のステップの精度は 1.1º になるため、シミュレーションで得られた転流角 (15.1度) は、理論的に得られた転流角 (17.6度) と比較して妥当な結果ということができます。

サイリスタ バルブ電圧とサイリスタ バルブ電流 (サイリスタ バルブ 1 からサイリスタ バルブ 3 への転流)

最後に、インバーターにおけるサイリスタの点弧角 γ の妥当性を検証するために、サイリスタバルブ 1 の電圧と電流を VALVE1_INV という名前の Scope ブロックで観測します。また、サイリスタの消弧角 γ を示すサイリスタ バルブ 1 の電流と転流電圧の波形に示す図より、サイリスタ バルブ 1 の消弧に対応する転流電圧と、サイリスタの消弧角 γ の平均値を観測してください。ここで、サイリスタの点弧角 α と整流角度 μ と消弧角 γ を加算すると、180度になることが確かめられます。

サイリスタの消弧角 γ を示すサイリスタ バルブ 1 の電流と転流電圧の波形

直流送電線の地絡故障

この例の HDVC モデル全体のシステム管理を行う Master Control サブシステムにおいて、その中にある Start/Stop サブシステムの第 2 出力 Stop を 1 に設定したり、インバーターの制御を行う Inverter Current/Voltage/Gamma Controller サブシステムの第 3 出力 mode を 0 に設定することで (5-44 ページの mode =0 ~ 6 を参照)、Master Control サブシステムと Inverter Control and Protection サブシステムの指令電流や指令電圧のステップ信号を無効化することができます。故障が t = 0.7 秒で適用されるように、DC Fault ブロックで増倍率を 100 から 1 に変更します。シミュレーション終了時間を 1.4 秒に減らします。FAULT Scope を開いて地絡電流を観測し、Protection Rectifier Scope を開いて DC Fault の保護動作を観測します。再度、シミュレーションを実行してください。

直流送電線の地絡故障における整流器、インバーターの応答波形

直流送電線の地絡故障が t = 0.7 秒で発生すると、DC 電流は 2.2pu に増加し、逆に DC 電圧は整流器側でゼロに低下します。この DC 電圧の低下は、Voltage Dependent Current Order Limiter (VDCOL) と DC 地絡保護システム (DC Fault Protection サブシステム) による影響で見られます。VDCOL は、指令電流を整流器において 0.3pu に減らします。DC 電流は地絡故障中にも流れ続けます。そして t = 0.77 秒において、整流器のサイリスタの点弧角 α は、DC 電圧が低くなっていることを検出した後、地絡保護のため 166 度になります。整流器は、このとき、インバーターとして動作します。その DC 電圧は負になり、直流送電線に蓄積されたエネルギーが、交流 (AC) 電力システムに逆流します。その結果、地絡電流 (I DC Fault) が次のゼロクロッシング時において急激に低下してゼロになります。α は t = 0.82 秒で減少し始め、およそ 0.5 秒後に DC 電圧と電流が通常の値に復帰します。一時的な動作が整流器制御で 1.18 s から 1.25 s の間に変化することに注意してください。

インバーターの 1 相地絡故障

ここでは、インバーターの 1 相地絡故障を発生させるために、故障が発生する時間を変更します。DC 地絡故障が解消されるように、DC Fault ブロックで増倍率を 1 から 100 に変更します。t = 0.7 秒においてインバーターの 1 相地絡故障が 6 サイクルの間だけ発生するように、A-G Fault ブロックでスイッチング時間の増倍率を 1 に変更します。再度、シミュレーションを実行してください。

インバーター側での 1 相地絡故障における整流器、インバーターの応答波形

インバーター側での 1 相地絡故障における交流電力システム (345kV、50Hz、10000MVA) の電圧、電流の応答波形

DC 電圧と電流に 120 Hz の振動が発生していることに注目してください。回避できないサイリスタの転流失敗現象が、故障直後にインバーターに発生して、DC 電流は 2pu まで増加します。サイリスタの転流失敗現象は、転流電圧の極性が反転する前に、直流を流入するバルブの障害が原因で起こります。その現象の徴候は、影響を受けるブリッジにかかる DC 電圧が 0 になることです。これは、DC 回路インダクタンスによって主に決められる時定数で DC 電流が増加する原因となります。故障が t = 0.8 秒で解消したとき、VDCOL が機能し、指令電流を 0.3 pu に減少させています。システムは、地絡故障を解消した後、およそ 0.35 秒で故障発生前の元の状態まで回復します。

PROTECTION INVERTER という名前の Scope ブロックに表示された波形を見てください。Low AC Voltage ブロックが故障を検出し、DC Fault の保護動作をロックします。つまり、DC 電圧が低下しても、DC 地絡故障を検出しなくなります。Commutation Failure Prevention Control (CFPREV) サブシステムの出力 (A_min_I) を見ると、故障中と故障後に、サイリスタの転流余裕を増加させるように、サイリスタの点弧の遅延角の最大制限値を小さくしていることがわかります。

ここで、Inverter Protections サブシステム内にある CFPREV ブロックのダイアログ ボックスを開き、[ON State] を選択解除することによって、CFPREV の保護を無効にします。再度、シミュレーションを実行してください。故障中および故障後には、少し異なる過渡的動作が見られることに注意してください。

参照

[1] Arrilaga, J., High Voltage Direct Current Transmission, IEEE® Power Engineering Series 6, Peter Peregrinus, Ltd., 1983.

[2] Lidong Zhang, Lars Dofnas, “A Novel Method to Mitigate Commutation Failures in HVDC Systems,” Proceedings PowerCon 2002.International Conference on, Volume: 1, 13–17 Oct. 2002, pp. 51–56.