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ラピッド プロトタイピングに用いる複数レベル モデリング

はじめに

モデルベース デザインを使用すると、システム開発に関係するコストを大幅に削減することができます。電気自動車のような複雑なシステムのモデルの開発には、次の段階があります。

  • 機能仕様の定義

  • システム設計

  • テストと検証

  • 実装

このケース スタディでは最初の 2 段階に焦点を合わせ、システム設計の意思決定にシミュレーションを活用する方法について示します。シミュレーションは非常に複雑な技術です。シミュレーションでは、簡単なモデルを表現した場合でも精度に疑問が残ることがある一方、複雑なモデルを現実に極めて近い高精度で表現することができます。モデルの開発者は、常にモデルの複雑度と必要な精度の間でバランスをとらなければなりません。もちろん非常に高精度のモデルを作成することが望ましいものの、このようなモデルに必要なパラメーターは、特にシステム開発の最初の段階では、たいてい確定が難しいものです。さらに、これらの正確なモデルのシミュレーションは速度が非常に遅くなります。

そのため、異なる詳細レベルのシミュレーション モデルを使用する必要があります。システム設計者は、最初にシステム内のすべての電力潮流の概要を得るために、第 1 レベルのモデルを必要とします。これを使用して、電力潮流に必要になるシステム内の各種要素を設計することができます。その後、各種システムの調整、エネルギー管理システムのパラメーターの微調整、およびパワー エレクトロニクス コンバーターの設計のために、より正確なモデルが必要になります。最後に詳細モデルを使用することで、高精度でシステム動作を検証し、必要に応じて他の調整を行うことができます。

システム アーキテクチャ

このケース スタディのシステム アーキテクチャは、Toyota Prius THSII を例に挙げています。

具体的には、電気システム モデルの異なる詳細レベルに焦点を合わせています。

201V、6.5Ah の NiMH バッテリ (Toyota Prius に使用されているもの) を検討します。このモデルの場合は、非常に使いやすく、優れた精度が得られるため、別の詳細レベルを使う必要がありません。

簡略化モデル

簡略化された電気モデルは、各種要素の電力平衡の原理に基づいています。これらの簡略化モデルのエネルギー効率は 100% であることに注意してください。

DC/DC コンバーター

DC/DC コンバーターでは、モーターと発電機に電圧を供給する DC 母線電圧を一定の電圧に維持していると仮定しています。このモデルには、500V の DC 母線が必要になります。DC 母線側の電圧は、固定電圧源を使用して一定に維持されています。電力平衡の原理から、バッテリから対応する電流が要求されます。代数ループを回避するためには、フィルターが必要になります。以下に、簡略化された DC/DC コンバーター モデルを示します。

モーター ドライブ

電気モーターは、システムに機械的なトルクを加えます。必要なトルクは、エネルギー管理システムにより決定されます。ここでは、トルク指令がモーター シャフトにそのまま加えられるよう、トルク制御器の設計が優れていると仮定しています。シャフトの速度と DC 母線電圧を測定することにより、電力平衡の原理を使用して対応する DC 母線電流を決定することができます。以下に電気モーターの簡略化モデルを示します。

発電機ドライブ

発電機は電気モーターとまったく同じように表されています。電力を生成するために、エネルギー管理システムによって負のトルクが要求されます。発電機の管理システムが理想的であると想定されていることから、トルク指令が機械システムに直接加えられます。対応する電流は、電力平衡の原理から推定することができます。

シミュレーション結果

簡略化された電気システムのシミュレーションは、エネルギー管理システム、機械システム、および異なる電気コンポーネントのパフォーマンスを示すために有益です。実際、シミュレーション時間が短い (ノーマル モードで実時間の約 0.7 倍) ため、エネルギー管理システムを短時間で調整してパフォーマンスを向上させることができます。シミュレーションのこの段階では、アクセラレータの位置が 100% に設定され、次の結果が得られます。

モデル作成のこの段階では、モーターと発電機の固定子電流を決定することができず、このために電流が NULL になっていることに注意する必要があります。ここで、簡略化モデルを使用して、電気システムの各部品の寸法を決めることができます。次のセクションでは、電動機および各種制御器を含む各部品の構造に焦点を合わせます。

平均値モデル

このシミュレーションの段階では、精度レベルを向上させます。各種の電動機および制御器の構造を選択します。

DC/DC コンバーター

DC 母線電圧を基準電圧 (500V) と等しく維持するために平均値の DC/DC コンバーターは、比例-積分 (PI) コントローラーに基づく電圧レギュレーターを使用します。簡略化モデルと同様の結果を得るために、シミュレーションにより、インダクターとコンデンサを選択し、PI コントローラーのパラメーターを調整することができます。以下に、DC/DC コンバーター モデルを示します。

平均値のコンバーターを使用しているため、ブースト コンバーターによってデューティ比のみが必要になります。バッテリ電圧は、デューティ比および DC 母線電圧に基づき、ブースト コンバーターによって設定されます。高電圧側では、DC 母線電流がデューティ比およびバッテリ電流によって決められます。このシステムの詳細については、Two-Quadrant Chopper DC Driveを参照してください。

モーター ドライブ

モーターは、永久磁石同期電動機 (PMSM) です。簡略化モデルの結果から、モーターの要件を確定できます。これは、速度 6000rpm までで最大トルク 400Nm、最大電力 50kW を生成できるものである必要があります (この速度は、車両が 160Km/h に達するように、簡略化モデルを 60 秒間シミュレーションすることで取得できます)。

モーターの制御は、ベクトル制御により行われています。電動機には、埋込永久磁石回転子を使用しているため、リラクタンス トルクを使用して、合計出力トルクを増加し、超高速で動作させることができます。この設定の詳細は、 ac6_IPMSM の例を参照してください。電気駆動装置は、モーター、インバーター、およびベクトル コントローラーで構成されます。

DC/DC コンバーター モデルと同様、インバーターは平均値モデルで表現され、電力用半導体スイッチングの影響は考慮されません。指令電流 (ベクトル コントローラーから) は、制御された電流源からモーターに直接加えられます。さらに、このインバーターにより、DC 母線電圧がモーターに (特定の速度とトルクで) 電力を供給するのに十分でない場合の飽和電流のモデルを作成することが可能になります。以下に、平均値モデルを示します。

通常動作では、電流源を使用して電動機に電力を供給します。飽和モードでは、代わりに電圧源が使用されます。このシステムの詳細については、PM Synchronous Motor Drive を参照してください。

発電機ドライブ

発電機も永久磁石同期電動機です。簡略化モデルの結果から、最大電力 30kW および最大速度 15,000rpm を与えることができるはずです。発電機の適切な動作を保証するために、ベクトル コントローラーが使用されています。非突極電動機を使用しているため、動作領域で従来の制御方式 (id = 0) が使用されています。以下に、完全なシステムのモデルを示します。

モーターと発電機の平均値モデルは同一です。

シミュレーション結果

平均値モデルのシミュレーションにより、電気コンポーネント (インダクター、コンデンサ、モーター、および発電機) の寸法を決定し、各種コントローラー システムの調整が可能になります。この段階では、電気信号の明確な可視化が可能になります。これを制御器およびエネルギー管理システムの微調整に役立てることができます。シミュレーション時間が長いほど (ノーマル モードで実時間の 16 倍、アクセラレータ モードで実時間の 3.5 倍)、電気システムの動作を正確に表現することができます。以下に各種システムの結果を示します。

詳細モデル

このモデル作成の段階では、コンバーターの平均値モデルに代わって、電力用半導体スイッチを使用します。パルス幅変調 (PWM) 信号の生成方法も決定します。

DC/DC コンバーター

DC/DC コンバーターの詳細モデルでは、PI コントローラーの出力を、パルス シーケンスを選択することで DC 母線電圧を参照値付近に維持するために必要なパルス幅変調器に送ります。その後、PWM 信号がひとつのレッグの電力用半導体スイッチに直接送信されます。

モーターと発電機のドライブ

これらの要素の詳細モデルでは、平均値インバーターに代わって、6 組の IGBT/ダイオードで構成される 3 レッグの電力用半導体スイッチを使用します。ベクトル コントローラーの出力信号がヒステリシス コントローラーに送信され、ここで必要な PWM 信号が生成されます。これらのシステムの詳細は、「PM Synchronous Motor Drive」を参照してください。

シミュレーション結果

詳細モデルのシミュレーションから、パワー コンバーターに関する多くの情報を取得することができます。実際、これにより PWM 生成法の選択、スイッチング周波数 (DC/DC コンバーターの) 調整、およびベクトル制御 (モーターおよび発電機) に必要な電流制御器のヒステリシス バンドの調律が可能になります。さらに、瞬間的な電流値を正確に把握することができるため、コンバーターの寸法を決めることができます。電力用半導体スイッチの選択と放熱板の寸法の決定は、後で行うことができます。

広い視野から見ると、このシミュレーションにより、電気回路の動作を高精度で検証し、不安定性、過電圧、過電流によって発生する問題を検出することができます。もちろんこのような高精度を得るには、長い計算時間という代償があります。実際に、アクセラレータ モードでのシミュレーション時間は実時間の 90 倍です。以下に各種システムの結果を示します。

複数レベル モデリングの精度の比較

精度に関しては、3 つのすべてのモデルで機械信号 (車両速度とトルク) および電気信号 (各種要素の平均電力) がとても似ています。実際に、車両速度の誤差は簡略化モデルと平均値モデルでそれぞれ 2Km/h 未満と 1.5Km/h 未満です。モーター電力に関しては、簡略化モデルと平均値モデルのダイナミクスも詳細モデルに近くなっています。主な違いは、インバーターのスイッチング周波数により詳細モデルの信号に見られる高周波数成分です。2 つのモデルの最大誤差は、5000W 未満 (10% 未満) で、平均誤差は 5% 未満です。

車両トルクに関しては、3 つのモデルが最大誤差 5% 近くと非常に近くなっています。これらの違い (右図) を詳細に検討すると、簡略化モデルが、エネルギー管理システムが必要とするトルク指令に瞬間的に反応することがわかります。平均値モデルでは、詳細モデルよりも高い精度で、トルクが目的のトルクまで連続的に増加します。ここでも、詳細モデルの特徴として、電気システムのスイッチング周波数により生成された高周波信号が見られます。

バッテリ信号では、簡略化モデルと平均値モデルが高周波数成分を示すことなく、詳細モデルのダイナミクスに正確にしたがっています。

簡略化モデルと平均値モデルの主な違いとして、モーターと発電機の電気信号があります。実際には、簡略化モデルでは、モーターまたは発電機の電流を表現することができません。平均値モデルと詳細モデルの違いは、詳細モデルに高周波数成分が見られることです。電流の振幅は、2 つのモデルでまったく同じですが、機械速度の変化により位相が異なることがあります。

以下に、各種詳細レベルの違いをまとめた表を示しています。

まとめ

ここまでを総括すると、選択する精度レベルはエンジニアの各時点の開発段階に依存することになります。たとえばプロセスの開始時点では、システム エンジニアはエネルギー管理システムを効果的に調整する目的で、その動作方法を理解するためにシステムをシミュレーションすることを求めています。ここで簡略化モデルのシミュレーションを使用することで、システムの速度、トルク、および電力を判定することができます。このモデルには計算時間があまりかからないため (実時間の 1 倍未満)、いくつかの設定を試して、短時間で本物に近い結果を取得することができます。

次の段階では、平均値モデルを使用して、簡略化モデルの結果に基づき各種制御システムを設計し、モーターおよび発電機を選択することができます。シミュレーション時間 (アクセラレータ モードで実時間の 4 倍未満) も許容できる範囲です。これによりシステム動作の検証と、制御システムとエネルギー管理システムの両方の調整が可能になります。

最終的に、パワー エレクトロニクスの専門家は詳細なモデルを使用し、電流と電圧の瞬間値と平均値に基づいて電力半導体選択することができます。ここでは、損失を評価し (放熱板の設計用)、電磁妨害 (EMI) がその他のシステムに影響を与えないことを確認するためにスイッチング周波数を調整することができます。さらに、詳細モデルの完全なシミュレーションにより、システム内の各要素の動作を検証し、必要に応じてエネルギー管理システムの微調整を行うことができます。もちろん、高レベルの精度には、実時間の約 90 倍となる長い計算時間が必要になります。しかし、実験的にセットアップするための時間と比較すると、このように長い計算時間も許容できる範囲です。

もちろん、詳細モデルまたは平均値モデルの開発では、各システムを予備的に調整するために、DC/DC コンバーター、モーターや発電機のドライブなどの一部のブロックを分離することができます。それが正常に機能するようになってから、完成モデルにブロックを追加することができます。

最後に、完成したシミュレーション モデルは、高精度の現実的なモデルを表します。これにより、システムの試作という次の段階の時間とコストを低減することができます。